愛に生きる

日常生活から少し離れて内省の時間にふと浮かんだ思いを記します。

比叡山 千日回峰

 新聞(朝日新聞be4月18日号)に比叡山の千日回峰に関する記事が出ていました。酒井雄哉さんのことが主に載っていました。千日回峰という言葉は聞いたことがあったのですが、記事を読んで本当に大変な行だなと思ってしまいました。

 700日目までは山の中を礼拝をしながら約30キロ歩き、その後60キロ、84キロと京都の方まで足を運び、再び山中を100日歩くそうです。「堂入り」というのは9日間堂の中にこもり、断食・断水・不眠・不臥で仏に仕える行だそうですが、聞いただけで人間業ではないのがわかります。いったん始めたら休むことや中断することはできない不文律があるそうです。

 私は少し山歩きをするので山の中を30キロ歩くことがどれだけきついかわかります。平地を30キロ歩くのとはまったく違います。平地を30キロ何百日も歩き続けることも大変ですが、山道を30キロ歩き続けるのは並大抵ではないと思います。何事も慣れかもしれませんが、敬服します。9日間食べ物を摂らず、水を飲まず、睡眠を摂らずにどうやって生きていけるのでしょうか? しかしそういうことを成し遂げる人がいるということは驚きです。

 私は霊的なことに関心はもっていても、出家して苦行に励みたいというようなことはかつて思い抱いたことはありません。私は何が本当なのかというようなこと(真実)に関心をもち続けてきた人間で、苦行の道を歩む人とは若干心性が異なると思っています。なかなかそういう人の身になって考えることができません。しかしそれでも千日回峰は凄まじい行ですし、それを達成した人は人々の尊敬を受けるに値することはわかります。

 機会があれば千日回峰を2度達成した酒井雄哉さんの本を読んでみたいのですが、多分感覚がまっさらに浄化されるのではないかと思います。

 千日回峰を達成された藤波さんという方は言います。「堂入り中、仏様を見たとか金が降るのを見たとかはありません。ただ無事に終わってありがたい、空気がおいしい、水がおいしい、生かされているなあと思いました」。比較的自然に恵まれた環境に住んではいますが、私はコーヒーを飲んでおいしいなと思っているようなレベルの人間です。

 酒井さんや藤波さんは純粋に生の喜びを体験された方々なのだと思います。