ガネーシャの時代からマー(母なる女神)の時代

 

先日気になる画像をTwitterで見かけました。

 

 

こちらには、Son's duty is over. Now it's time for maa.(息子の義務は終わりました。今度は母の出番です。)
と書かれています。シヴァ一家のことだと思います。sonとは息子であるガネーシャであり、maaは母なる神であるパールヴァティ(とそのさまざまな異名の女神)のことでしょう。

 

こういうことを自分でいうのは変ですが、私は20年近く前のことですがバーラタ(インド)からの留学生の方に「あなたはガネーシャですね。」といわれたことがあります。そんなことを思ったことはなかったので、その時は恐縮したものですが、後に私は自分がガネーシャ神の恩恵をたくさん受けていると思うようになりました。ガネーシャ神の属性は多くありますが、代表的なのはブッディ(知性)とシッディ(成就する力)を与える存在であり、またリーダーであるということです。同意する人はほとんどいないかもしれませんが、私はそれらの属性を少しばかり与えられていると次第に実感するようになりました。

 

サティヤサイババが肉体を離れたのは2011年4月で東日本大震災の約1か月後でした。それから約14年が経っています。またサティヤサイババは肉体を離れて約8年後にプレマサイババとして生まれ変わり、20歳ころにプレマサイババ宣言をするという理解が一部の帰依者の人たちの間にあります。ということはプレマサイババがプレマサイババ宣言を行うのは2039年前後です。つまり今から約14年後です。人々がサティヤサイババの生きた姿を失い、そして人々がプレマサイババの生きた姿に再会するまでの約28年間の中間地点が今現在なわけです。そしてその時期にたまたまですが、ガネーシャ神とパールヴァティ女神の画像を目にしたわけです。

 

まことに自分勝手ではありますが、私にとってこのブログは1つの区切りの時期なのではないかと思った次第です。書こうと思えば今後何年も書き続けることはできるでしょうが、私の観点から見た霊性というものの概念は、ある程度私のブログを読んで下さった方にはほとんど伝えきったところはあります。私の書いたものを読み続けるよりは、他の方の視点に基づく文章なりに触れるのが刺激になるような気はします。そういう方がどこにいるかはわかりませんが、どこかにいらっしゃるでしょう。私のブログが目にとまったのは1つの縁であったように、また別の縁によってどなたかに出会う可能性はあります。ブログを閉鎖するつもりはありませんが、新たな記事はこれを区切りにするつもりでいます。ただしかなり先のことはわかりません。

 

プレマサイババの時代は神性の女性面が優位になる時代だとされます。twitterで見かけた画像のように、世界中のmaa(母なる女神)の精神を体現している方々の活動がより活発になり、明らかになっていくのがこれからの時代でしょう。そしてそれらの方々の活動が少しずつ世界をよりよいものにしていくことは確かではないかと思っています。

 

私はブログは休止しますが、twitterは続けるつもりですし、また可能な限りサイババの御教えに沿った生活を送ることも続けていくつもりです。ブログではどこに住んでいるかわからない方に私の書くものを読んでいただきましたが、今後はむしろ目に見える関係の中でできることがないか模索するつもりでいます。これまでと今後とは手法に少し違いがあるとしても、目的は同じです。

 

このブログが始まったのは2011年10月でしたが、これまでの間、部分的にでも読んで下さった方々にはとても感謝しております。それが励みとなり現在まで続けてこれました。以前は思ってもみなかったのに、書くことを通じて初めて言語化できたこともあり、自分にとっての学びは多くありました。皆様が今後も霊性の道を誠実に歩まれて豊かな恩寵・祝福に恵まれますことを願っています。そしてもしサイババへの関心をおもちであるならば、サイ文献を読むなりして、サイババへの理解を深めていただければと思います。それこそが現代において霊性の道を歩む上での王道であると思うからです。どうもありがとうございました。

維新

 

私は下関と縁のある人間であり、明治維新の話を聞くことは他の地域の方に比べれば多かったかもしれません。江戸時代と明治時代は、近世と近代という歴史区分にあるように、社会の様相が異なります。その社会の変革の時期に起こったのが明治維新です。長州の志士の名は多く挙がりますが、実のところ下関出身で全国的に知られる志士はほぼいないといっていいのではないかと思います。白石正一郎、三吉慎蔵くらいのものではないでしょうか。歴史に関心のあるものでなければこの2人の名も知らないでしょう。実際のところ、壇ノ浦の戦いや巌流島の決闘もそうですが、下関は歴史にその場を提供してきただけで、人材を多く輩出したかといえば必ずしもそうではありません。白石正一郎の名を挙げましたが、彼は今でいうところのパトロンです。維新の志士を多く助けた方です。私はこの白石正一郎の子孫とかつて同じ学校に通っていました。また私がかつて住んでいたところは、日本の歴史を思い起こさせる多くのエピソードのある地です。その1つに桜山招魂社があります。これは靖国神社護国神社の形式のもととなった神社とされます。明治維新の際に亡くなった、主に奇兵隊の方々を祀っているところだと思います。高杉晋作の生活を感じさせる場所もその近辺に結構多くあります。

 

さて、私は人からちょっとしたときに明治維新に関する話を聞くことがありました。多くは忘れてはいますが、少しばかり記憶が残っていることもあります。それによると、初代総理大臣の伊藤博文は単なる暴れ者だっと聞いたことがあります。またさまざまに表に出せない話があるような人が多かったとも聞きます。長州の人間は他藩の人間と戦ったり、外国に足を運ぶ人がいたり、イギリス他の国に戦いを挑むような人たちだったので、行儀がいい人たちばかりではなかったのでしょう。それでも維新は成し遂げられ、江戸幕府から明治政府への移行の一つのきっかけとなりました。それはひとえに当時のリーダー方の思いが純粋で有能であったからだと思うのです。

 

明治維新当時のリーダー方と、例えば後の戦争指導者方とを比べた時に、リーダーの質がかなり異なるのではないかというのが私の印象です。もちろん明治維新当時のリーダーの方が質がいいのです。歴史文献をことさら調べたわけではないので、だれがどのような特徴・性質の人だったかはよく知りません。また明治維新当時の志士たちが一様に人間の質がよかったわけでもないでしょう。しかし明治維新は犠牲となるものが相対的に少ない人数で成し遂げられ、一方太平洋戦争などは日本人だけでなく他国の人たちに対しても莫大な犠牲をもたらしました。同じレベルで語れないリーダーの質だと思います。まかり間違えば太平洋戦争によって皇室・皇統が絶えていた可能性すらあります。

 

維新を現代的な観点で受け止めるならば、それはどのようなものといえるのか? 私個人は、「維新とはリーダーたちの純粋さと有能さの組み合わせである。」と今表現しておきます。

 

話は変わりますが、サティヤサイババは多くの使命・目的をもって化身してきました。私が理解しているのは、その1つに、歴史に埋もれたもの、今あるものを分解整理し、そこに新たな命を吹き込むという使命です。サイババは古くからの諸聖典や文化・制度などに対して、その本質を失わないまま現代的な表現によって価値を明らかにしてきました。バーラタ(インド)に関する伝統文化だけでなく、世界中の文化に対しても同じ態度で、それらの価値の復興を後押ししてきました。そして私の仏教などの日本文化や他国の文化に対する態度はサイババによって育まれ、促されたものです。「維新」の字義は「すべてが改まって新しくなること」であり、それは保守というよりも革新に近い概念です。しかし私は「維新」をサイババのような文脈(分解・整理・価値の明示)で受け止めることは可能に思います。また私は価値における保守主義者であって、制度における保守主義者ではありませんので、問題を多く含むのは歴史学者たちが指摘している通りではありますが、おおむね明治維新に対しては肯定的な評価をしがちです。

 

日本社会においては連続的な変化は起きやすいですが非連続的な変化は置きにくいというのが実感です。たとえば本来政権交代というのは非連続的な変化をもたらすきっかけとなっていいものですが、日本人はそれを嫌がります。もし過去の出来事を誤っていたと認めれば、そこから反省が生まれ新たな道が切り開かれていくものなのですが、過ちを認めない日本人がリーダー層を含め結構見受けられます。自ら内発的に社会を変革していくことが苦手な国民なのだと思います。そういう国民性にあって、明治維新はそれなりの成功を収めたのではないかというのが、今の私の評価です。

clear thinker

 

"Clear Thinker" is a better complement than "Smart".(Clear thinkerはSmartよりもよい誉め言葉です。)
World belongs to clear thinkers. Fuzzy thinkers provide drag.(世界はClear thinkerたちに属し、あいまいな思考者は足を引っ張る。)

 

ここに取り上げたclear thinkerという言葉はTwitterで見かけたものです。一般名詞のようではありますが、それ以上の意味が含まれていると私は思っています。日本語に訳せば明晰な思考をする者とでもいえますでしょうか。いわゆる賢いとは異なる概念です。日本にはsmartな人は多くいて、またsmartになりたい人も多くいるかもしれませんが、clear thinkerは少ないのかもしれません。より重要なのはclear thinkerの方でしょう。今日は私なりのclear thinkingのようなものについて書いてみます。

 

私は何らかのアイデアTwitterやブログで書いていますが、それらがどのようにして得られたかに関してです。基本的には思考が行われています。ただし一生懸命考えているわけではありません。何かを解明しようというような思いもありません。頭が働いているだけです。頭が何を考えるかは頭に任せています。思うのですが、思考とは精神という器質に溝を掘る作業なのではないかと思っています。精神という器質にさまざまな溝が彫られています。それはある種のスケッチに似ているでしょう。本や雑誌、新聞あるいはネット上で何かを読みます。最近は難解な書物は読んでおらず、一般的な情報ばかりです。大体さっと流し読みをします。そうしていると時々気にかかる情報に出くわします。そういう時にその情報について少し思考します。調べることもします。自分なりにいくつかの側面から情報を周辺領域を含め検討します。それによって少しばかり記憶に定着します。ただし定着するといっても、1日ごとに考えたものを捧げることを通じて「積極的に」忘れるようにしています。多分無意識の領域に情報が蓄積されているか、あるいは捧げることによって、私に必要ない情報は誰か必要な人のところに届いているかしているでしょう。これはthinker, thinkingの部分です。

 

次にclearの部分に関してです。大切なのは常日頃からmindとheartをきれいにしておく必要があるということです。水が澄んでいれば1mの底を見ることができますが、濁っていたり波立っていれば底は見えません。mindとheartをきれいにするとはどういうことかというと、サーダナ(霊性修行:瞑想や御名、マントラを繰り返し唱えることなど)をするということです。mindやheartをきれいにしているとどういうことが起こるかというと、そこから思わぬ時に思わぬアイデアが純粋な姿でわいてくるということです。馬は騎乗者の手綱でコントロールされるように、私はそのような思い、アイデアによってコントロールされている部分があります。そのアイデアを記述するぴったりとした枠組みが、先の段落で述べたような日常的な思考の繰り返しの中ですでに準備されていたならば、それがそのままclear thinkingの産物です。アイデアが出てきた時点でそれ以上考える手間はほぼありません。アイデアは何らかの型にはまります。これは現代のヴェーダといっていいものなのかもしれません。

 

clear thinkerとなるための効果的な方法は奉仕なのかもしれません。奉仕をする際は相手のニーズや置かれている状況などをしっかりと検討します。これはthinkingに対応します。そして計画したことに沿って奉仕活動を行います。行動の何が奉仕で何が奉仕でないかを分ける最も重要なポイントは無私かどうかでしょう。自分がそれによって何らかの報いを得たいという行為の結果への執着がない、私が行っているというエゴがない、私が成し遂げたというプライドもない。そのような無私性です。そのような無私性によって奉仕が捧げられたとしたならば、その無私性とあらかじめニーズや状況を分析した際の思考とが結びついて、実践的知識、体験的知識が得られます。このように奉仕はclear thinkingを促進することでしょう。

 

冒頭に取り上げたように、多分世界というのはclear thinkerたちに属しているのだと思います。そして実際にclear thinkingというのはとても力をもっていることと思います。長ったらしい論述を必要とする知の領域もあるでしょうが、私が一般の人に勧めるのはもちろんclear thinkingの方です。他の人には他の人なりの方法論があるでしょうが、私は上に書いたようなclear thinkingの手法に従っています。

美しい村

 

本を読んでいて、フランスの最も美しい村協会というものを知りました。クオリティの高い遺産が多く残る、"フランスの田舎の小さな村"の歴史遺産の価値向上、歴史遺産の保護、そして観光に関連した経済活動の促進を目的として、1982年に発足したようです。(『小さな会社のはじめてのブランドの教科書』p108)美しい村に選ばれるには次の4つの条件を満たすことが必要だそうです。
1 人口が2000人以下で都市化されていない地域であること
2 歴史的建造物、自然遺産を含む保護地区を最低2か所以上保有していること
3 協会が定める基準での歴史的遺産を有すること
4 歴史的遺産の活用、開発、宣伝、イベント企画などを積極的に行う具体的事案があること
そしてこの本が書かれた当時フランス全土に157の村が登録されているようです。

 

フランスの2025年現在の人口は約6860万人ですので、日本の人口を考えれば日本の田舎300選とでもいっていいような数でしょうか。日本とフランスとでは行政区が異なるでしょうから単純に比較はできませんが、私が住んでいる近辺では例えば山口県下関市豊田町(人口約4000人)や福岡県添田町(人口約7600人)が「美しい村(町)」として思い浮かびます。

 

下関市豊田町の歴史遺産としては豊田湖のダムなどが思い浮かびます。豊田湖のダムは約30~50㎞以上離れた旧下関市の水がめとしてつくられたものです。約85年前の事業参画だといいます。下関の人にはありがたい水がめでしょう。また下関の最高峰として華山があり、その麓にある神上寺は紅葉などで有名です。さらに木屋川のホタル舟は全国で初めての営業と聞きます。温泉もあります。豊田町では普通の日本の田舎の風景が見られますが、豊田町がというわけではなく、一般に一部の海外旅行者にとって日本の田舎の風景は心に訴えかけるものがあるとききます。町の人たちが一体となって、うまくブランディングすれば、海外旅行者を引き寄せることができるかもしれません。

 

福岡県添田町はたくさん足を運んだわけではありませんが、登山者にとっては有名な地です。ここには日本200名山の英彦山があります。英彦山は修験の地として全国的に有名です。宿坊群他には歴史的価値があるでしょう。また英彦山から北部西部にかけて峰入道が通っています。英彦山は古代大陸の文化が総合的に咀嚼された地で、北九州や太宰府と歴史的つながりがあります。私の知っている登山をする人に九州といえば久住と英彦山が好きだという人がいます。冬も紅葉も新緑もきれいな山です。周辺環境も落ち着いていますし、BRTに乗りに来る鉄道好きもいるようです。ここも私がうつくしい村(町)として思い浮かぶところです。

 

日本にはこういう村(町)は結構あると思うのです。フランスはこういう村に世界中から人が集まるようにブランドを作り上げました。日本もそれなりに覚悟を決めたリーダーがいさえすればこのようなことは可能でしょう。フランスではオーベルジュ(旅籠、小旅館、ペンション)は1泊3万円以上で人がどんどん集まってきており、ミシュランの星のついたレストランもあるようです。

 

あらゆるものには見る人が見れば価値がありますが、日本の田舎もそうです。都会でしか生活したことのない人にとっては、なかなか田舎の生活の実際を知る機会はないかもしれませんが、空気や雰囲気、音、色がまったく異なります。同じ日本語を話し、同じメディアに接しているので気づきにくいですが、日本の大都会と田舎とでは別の国ほどまでに文化が異なるかもしれません。一生を田舎で過ごさずとも、少しばかりの期間、1週間から1ヶ月程度過ごすのはおすすめです。まだ田舎で過ごすための「インフラ」(旅館や料理店、人の意識)などが整ってはいないでしょうが。私自身がそうなのですが、24時間自然に囲まれている時間を過ごすと、想いが次々と湧いてきます。私の発想のかなりの部分は自然環境に負っていると思います。

 

私は多く足を運んだことがないのですが、メディアを通じた情報からの印象によると、山口県では秋吉台周辺や山口市の阿東地区、長門市の俵山や油谷湾周防大島などはうつくしい村(町)だと思います。福岡県なら豊前市の求菩提周辺や東峰村、八女などもそうかもしれません。47都道府県それぞれにそのような田舎があるでしょうが、自分の住む地域に関心と誇りをもって田舎も発展していってほしいと思います。今以上の地域の経済的自活は可能なのではないかと最近思いました。

独我論と仏道

 

最近少し独我論について考えることがあり、その中で仏道についても新たな見解が得られました。日本独自の思想として独我論というものがあるのかどうかは知りませんが、西洋ではデカルトヴィトゲンシュタイン、バークリーなどが有名だそうです。また日本仏教ではお釈迦様の天上天下唯我独尊エピソードが知られています。中国に関しては知りません。大雑把にいえば、独我論とは自分だけが存在しているという論です。独我論に従って生きる人がいたらしく、そういう人たちによれば、独我論で生きることは楽だったそうです。しかし私は何となくわがままに振る舞ってしまいそうなので、これまで独我論を人生に取り入れてはいません。しかしながら、バーラタ哲学ではブラフマンのみが存在する、アートマのみが存在するといわれていて、これは独我論、正確には独己論といえるものです。ブラフマンのみが存在する、アートマのみが存在するという説を私は受け入れています。

 

twitterで「Life is a single player game.」という言葉を見かけました。これも独我論でしょう。普通ゲームは2人以上ですることが多いのですが、実際のところ人生は、自らが行為し、自らの行為の結果によって環境がもたらされ、そしてそれに応じてまた行為するということの連続ですから、この点を強調すれば、自分にとっての人生は1人の人間によるゲームに他なりません。それは妥当な見解です。

 

また次のようなtweetも見かけました。「Nobody works harder than a man who knows no one has his back. Only himself and God.」(自分の背後を支えてくれるものは誰もいないと知っている人より働いている人はいません。彼と神だけです。)私は好き好んでそういう人生を積極的に選んできたわけではありませんが、健康に問題のある、ある意味社会的弱者であったので、富や地位をもつ人の周りに人が集まるようなことはまったくなく、基本的に自分に残されている力を頼って生きてきたと思います。誰よりも熱心に働いてきたかはわかりませんが、後ろ盾もなく自分の力を頼りに生きることは当然大変なことでした。可能な限り依存せずに生きるのです。もちろん完全に依存せずに生きることはできません。たとえば食べ物を自給しているわけではありません。衣服を自分で作っているわけではありません。遠出する際には公共交通機関を利用しています。私がいいたいのは、与えられた富や環境、人間関係の中で特に精神的依存がないように生きてきたということです。精神的依存がないようにとは、判断や思考において自立しようとしてきたということです。現代のようにメディアの影響や抑圧が強い時代において、これはかなり大変なことでした。それでも何とかこれまでやってきたと思います。もちろん危機的状況は何度もあり、神御自身しか頼りにならなかったことはあります。

 

そういう自分のこれまでの人生を振り返って思うのですが、もしかしたらお釈迦様が歩んだ人生というのもそういう人生だったのではないかと。お釈迦様は宮殿を離れて以後、自分の力を頼りに生きてきて、成道後のお弟子さんがいらっしゃる時期もそうだったのかもしれません。お釈迦様は心無い人に、自分に従って出家した者の人生を台無しにしていると非難されたことがあるようですが、人によってはお釈迦様とそのお弟子さん方は「怠けている」ように見えたのでしょう。しかし実際のところ、お釈迦様ほど働いていた人はいない、そう思うのです。

 

私はこれまで仏教のことを学んできましたが、それはそれでいいとして、お経ではなくお釈迦様の人生に直接学ぶとするならば、この「Nobody works harder than a man who knows no one has his back. Only himself and God.」という生き方こそがレッスンなのではないかと思うのです。それは仏教というよりも仏道(お釈迦様が歩んだ道)といえるでしょう。天上天下唯我独尊との宣言はお釈迦様が生まれた時の宣言とされていますが、それは後の世の記述で、しかしこの言葉の背後には自分の力と神だけを頼りに生きてきたお釈迦様の人生があるように思えてなりません。

 

このような生き方をしてきた果てに、この感覚される世のすべては私の存在(純粋意識)に包まれていて、つまりは人生を生きることのすべては「自己(self)への配慮」、「内的作業」に過ぎないというのが最近思い至った独我論いえ独己論になります。私にとっての仏教いえ仏道はそれでいいと割り切れる近くにまでやってこれました。仏教は心理学的だという識者は多くいますが、それも以上のような文脈によって理解が可能でしょう。

家族について

 

私は結婚していませんので、これまで家族特に夫婦についてあまり考えることはありませんでした。しかしこの1年ばかりの間に少し思うことがあり、ツイッターにいくつか見解を書いたことがあります。今日はそれを取り上げて、さらに少しばかり思うところを書いてみます。

 

「バーラタ(インド)では妻のことをグリハラクシュミ(家庭の女神)と呼ぶことがあって、ラクシュミは特に富の女神とされています。「家庭の女神」を私なりに表現すれば、「夫(と家族)に家庭をもたらす神」といえるのではないかと思いました。」(2024.11.7)
サイババの言葉、例えば書籍『サイの理想』なんかを見れば、特に女性にはサイババがとても保守的な気がします。思うのですが、社会を貸借対照表になぞらえれば、家庭は資本の部。サイババは女性にマネージャーよりもむしろ投資家のように振る舞えと述べているような気がすることがあります。」(2024.11.7)
「夫は妻をベターハーフと呼び、ある意味夫婦は一つの統合された存在。性は人格であり、複数の人と交わる人は、おそらく人格が統合されていないのでしょう。」(25.1.23)
「私が知る限りでは日本のフェミニストの多くは性を欲望の文脈で語ってきたように思います。もし性を人格の文脈で語ったならば、同じ性の現象に対しても語られることの印象はずいぶん異なっていたかも。私が知らないだけかもしれないけど、ある種の怠慢ではないでしょうか?」(2025.2.6)

「親族による緩いつながりと助け合いが可能な拡大家族の一つの例はリツイートした富裕層が示していると思うのです。富裕層でなくても、普通の生活レベルの人でも益はあると思います。サイババがどこかで拡大家族に肯定的なコメントをしていたような記憶はあります。ある種の社会保障の役割もありそう。」(2025.3.6)

「配偶者は人間探求のパートナーであるという意識はあっていいと思うのです。親や子に接することを通じて、経済や政治の実践の場としての家庭を通じて、また人間が肉体と心と魂で構成されていることを実感するきっかけとしての性を通じて。(私のTLでは魂の側面をsacred energyと表現する人がいます。)」(2025.4.17)
「性には崇高さもあれば、汚さもあるでしょう。長らくなぜ汚さがあるのかと考えていました。輪廻を信じる私は思うのですが、魂は何万回もの輪廻を繰り返してやって人間になります。そのほとんどを無機物、植物、魚、虫、鳥、動物として過ごしています。魂は本来清らかですが過去世の記録があるのではと。
 それは単なる残滓のような、単なる記録ではありますが、しかし人間のレベルから見ると汚く見えるのかもしれません。鳥や動物から見ると単に自然なだけです。魂とは人間としてのものだけではなく、輪廻すべてにわたるもの。性は魂の分かち合いを含むでしょうが、それはつまり汚さを含んでしまうのかも。
 動物は人間のような生殖活動をしていない、人間は独特だといわれますが、人間の性は人間に内在するものを多少なりとも拡大して人に示す傾向があると思うのです。肉体的でありかつ内的です。」(2025.6.12)

 

他にも探せば出てくるでしょうが、以上のようなことをここ最近twitterに書いてきました。日本どころか世界でもあまり一般的な見解でないかもしれません。家庭がうまくいっていない人がたくさんいるのに、家庭に関して考える人があまりにも少なくないかという思いはかつてから抱いていました。私は家庭の中心は夫婦だと思っていて、傾向として男性(夫)は親への配慮に重心が少しあり、女性(妻)は子への配慮に重心が少しあるかなという印象はあります。ケースバイケースではありますが。家庭特に夫婦関係を犠牲にして社会での活動を優先する生き方は少し無理があるのではないかと思います。夫婦の間に合意があれば構いませんが。あくまでも家庭があってこその社会であり、家庭は社会の構成要素でしょう。そして夫婦の間に強いきずなを育むためには、2人の間に率直な信頼関係がなければなりません。サイババはダルマの体系は男女の間の関係が中心となるとダルマバヒニの中で述べていたと思いますが、その辺りに関するより深い考察が現代社会に欠けているきらいがあります。

 

私はよくリキタジャパム(御名を繰り返し書くサーダナ)をしていますが、omsrisairamと書くことがあります。これはサイババの御名の1つです。omは御名に力を注ぎこみます。sriは現象世界、エネルギーと受け取っています。saiはサイババです。ramは存在、ブラフマンと理解できます。従来霊性の分野では現象世界と存在にまつわることに関して多く考察されてきました。それに対してサイババの御言葉を調べてみればわかりますが、サイババは家庭や社会に関してとても多くのことを述べていらっしゃいます。この家庭や社会の領域は霊性や宗教に関心のある人たちが長らく無視してきた領域です。サイババの特徴の一つは、家庭や社会を豊かにすることにあると私は考えていて、家庭や社会が乱れている現代において、もっと多くの人にそこをどうしたらいいか考えてほしいと願っています。学問的知見はあっても、それらに関する霊的見解が欠けているでしょう。

 

これからも私は時々に家庭や社会のありようについて考えることがあるかもしれません。この領域はあたかも失われた大陸といっていいような状況です。特に伝統が失われてきている今、家庭や社会はどうあるべきなのかを省みたいです。

お寺参りをして5

 

先日お寺参りをしてきました。私はそれほど深くお寺に関係しているわけではなく、盆と親の命日にお寺さんに読経をお願いし、年に何度かご法話を聞きに行くくらいです。宗教は宗教ですが、ご法話を聞くのはある種の文化活動に参加しているようでもあり、説法師の方は皆お話の上手な方で、題材は仏教特に真宗に関係するものですが、落語を聞いているような気軽さはあります。落語や講談を聞く機会は地方によってはほとんどありませんが、真宗でしたらそれに似たものを楽しめます。仏教の勉強にもなります。信心の助けにもなります。私は気軽に参加していますが、私はご法話を聞いている人の中で若い部類でしょう。また男性は女性に比べて少ないです。もっと多くの人にそのおもしろさが伝わり、お寺参りをする人が増えればいいのにと思っています。また個人的にはお寺に参らない人が仏教徒を自称するのはどうかと思うことがあります。今日は先日聞いたご法話に関連して書いてみます。

 

「明日ありと 思う心の あだ桜 夜半に嵐の 吹かぬものかは」(親鸞聖人)
親鸞聖人が9歳で得度されたときに歌われた歌だそうです。得度の日もう夜になり、その手続きを「明日にしよう」と得度を引き受けた寺の僧侶がいったときの歌だそうです。明日も桜は咲いていると思っているかもしれないが、夜中に嵐がやってきて散ってしまうかもしれない、という内容です。世の中は明日があることを前提として動いていますが、仏教は明日がないことを前提とした教えだと説法師の方はおっしゃっていました。サイババはおっしゃっていますが、この世は学校で死は最終的なテストであるとされます。そしてその死がいつ襲ってくるのか誰も知りません。明日があるという前提と明日がないという前提では思考や態度のありようは変わってくるでしょう。明日がないという前提での思考や態度を養うことの重要性を知っておいていいはずです。それは人生の意味や本質に関係しています。

 

仏教はその御教えを鏡として自分を知る教えだともおっしゃっていました。私からすれば仏教に限らず宗教の名に値するものは、その御教えを通じて自分を知る助けになると思います。サイババはReligion is realization.(宗教は実現です。)とおっしゃっていましたが、私はこれを、宗教はそれを通じて自己実現(解脱の類)を目指すものであると理解していましたが、それとは別に、宗教はその御教えを通じて自分を知る(realize)ためのものなのかもしれないと、ご法話を聞きながら思いました。

 

説法師さんは田舎のお寺のご住職でしたが、地方の田舎ではところによっては人が代々のお墓を維持するのが困難になってきているようです。それを踏まえて、人はお墓を残さなくてもいいのではないかとおっしゃっていました。自分は阿弥陀様の御名だけを後世に残していけたら、それでいいと。法然上人も蓮如上人もそういうことをおっしゃっていたようです。私も御名だけでも後世に伝えていくことができれば、それで十分かもしれないと思いました。

 

私は個人的に真宗は全託に関係する御教えだと思っています。実際に親鸞聖人や法然上人はその辺りのことを語っていたと思います。人は時ににっちもさっちも行かない状況に長く放り込まれます。仏様の種類は多くありますが、特に阿弥陀様はそういうにっちもさっちもいかない人を救いの目当てにしているようです。自分の努力で大きな困難なく人生を歩めている人は、なかなかそのあたりに気づけないかもしれませんし、真宗の御教えのありがたさにもピンとこないでしょう。

 

真宗は善悪(? はっきり記憶していません)や生き方の問題ではなく、(まかせ切ったかどうかの)安心の問題だと説法師さんはおっしゃっていました。これが正しい、間違っている。これがいい、悪い。こうすべきだではありません。安心が得られるための御教えです。この辺りは他の宗派と少し異なっているかもしれません。

 

ほんの1時間漫然と聞きながら、私の心に伝わってきたことはこれほどもあります。他の信者さんは同じ話を聞いて別のことが心に残ったでしょうし、それはそれでいいと思うのです。江戸時代などは田舎に文盲の信者さんはたくさんいたでしょう。そういう方々はとにかく話を聞いて、心に残ったものを後日、あたかも牛が草を反芻するように反芻しました。かつてはそういう宗教世界が日本にあったと思うのです。それで名もない人がかなりの宗教的高みに到達することもあったでしょう。このことも忘れてはならない日本文化の1諸相であると思います。

principle, disciple, discipline

 

今日は言葉遊びのようなところがあります。最も念頭にあるのは原理principleです。サンスクリット語ではtattvaという言葉に該当するのではないかと思います。書くことに責任をもつにはかなりの下調べをしなければなりませんが、言葉遊びと思って大目に見ていただければと思います。tatはそれ、存在という意味です。twamはあなた(you)という意味です。tattva(原理、本質)はブラフマンと個人の関係に関するものではないかと思ったことがあります。英語のprincipleがどういうものを指示しているのか、長年この語に接しはしてきましたが、よくはわかりません。その日本語訳の原理という言葉も何を意味しているのかよくわかりません。科学的原理なら意味はわかります。数学という言語を用いて表現された主に方程式のことです。しかしそれらは科学の進歩によって、時に変化を被ります。科学的原理ではない、何というか存在に関する原理というものは少なくとも西洋や日本では言葉で表現されていないと思うのです。なのでprinciple原理に関してはなかなか論ずるのが難しくはあります。

 

ただし便宜的に私がprinciple原理として受け入れているものはあります。それはdisciple弟子に与えられたdiscipline規律です。ヨーロッパ社会の原理原則はその源をたどれば多くがギリシャ時代にさかのぼります。とくにソクラテスプラトンアリストテレスの師弟によって伝えられたものです。ソクラテスは哲学者とされていますが、今は霊性の師(グル)と評価する人もいます。師から弟子discipleに伝えられたもの、特に規律disciplineが後に原理とみなされているのが西洋社会(の一部)ではないかと思うのです。そう考えるならば、私はサイババを師としていますが、私が熟慮を重ねて自分の人生に取り入れた彼の御教えは私にとってのprinciple原理なわけです。私が原理と受け入れているもの何なのか、つまり私の生活の一部となっているものが何なのかに関しては今詳しくは書きません。

 

建築家の磯崎新氏によれば、イギリス社会のprinciple原理は経験で、フランス社会の原理は理性で、アメリカ社会の原理は民主主義だそうです。彼は、日本社会には原理がないのではないかと述べています。強いていえば空(くう)でしょうが、現状それは原理として作用しているのではなく、空虚に継続されるゲームとして現れていそうだと、そんなニュアンスの文章を読んだことがあります。日本文化の特徴の一つに空(くう)というものがあったとしても、それは原理にまでは至ってないと。そういうところはあるでしょう。

 

日本文化として空(くう)をある面では尊重してはいますが、悪く作用すると虚無、空虚さへと行き着きますので、私はこれまであまり重視してきませんでした。そんな私が自らの人生の指針としてきた原理が、自らの人生で咀嚼してきたサイババの御教えであったのです。それがこの30年余りの私の人生です。そのおかげで人生に軸ができたのは確かです。

 

別にサイババの御教えでなくてもいいわけです。真に尊敬できる師に出会えたならば、その人の御教えに従って仮に人生を棒に振るようなことがあったとしても仕方ない、いやそんなことはないだろうと思える人に出会ったならば、その人の示す規律に従うのはいいでしょう。師からさずけられた規律を自分の血肉にしたならば、それは自分にとっての原理となります。

 

しかし実際には優れた師に出会うことは非常に困難です。さまざまにカルトの問題があります。師が自分にすべてを委ねなさいと言い出したら、警戒して逃げ出すのが妥当です。バガヴァドギーターはクリシュナからアルジュナに授けられましたが、それはクリシュナがアルジュナの全託を認めたからです。クリシュナが当時最高の人間だとみなしていたアルジュナがクリシュナに全託を認められたのは80歳少し前でした。アルジュナはクリシュナと若いころから長年付き合いがありましたが、非常に優れた人間であっても全託の態度を身に着けるのは長い時間がかかるものです。

 

原理とは師から弟子に与えられた規律のことなのではないかと今日は書きましたが、しかしながらそうはいってもでは原理とは何かといえばうまく答えることができません。強いていえば、それに従って生きられた何かのことなのでしょう。そしてそれは個人twamがブラフマンtatに融合する過程、あるいはそれを目指しての誠実な道のりのことなのでしょう。

日本神話に思うこと

 

私はかつて古事記を一通り読んだことがあります。日本書紀は読んだことがありません。日本人ならば日本の神話について知っていてもいいと思ったからです。源氏物語平家物語は日本人なら読んでいていいといった作家がいますが、日本の神話も読んでいていいものだと思います。しかし読んだのがずいぶん前なので、記憶に残っている個所はわずかです。古事記を読んだ前後くらいに河合隼雄先生の日本神話に関する文章をいくつか読み、それが私の日本神話の理解として残っていると思います。

 

古事記が編纂されたのは712年と推定されているようです。日本書紀は720年だとされているようです。古代国家の形成期に並行して編纂されたようです。今日のテーマから少し離れますが、今皇室の存続が話題になることがあります。私の日本史の史観は網野善彦氏の史観によっているところが大きく、網野氏は700年周期説を唱えました。古代国家の形成期(6世紀から8世紀)、中世の最初期(13世紀から14世紀)、そして現代(20世紀から21世紀)に大きな転換があるという説です。皇室に関しては、古代に皇室の権威が確かなものとなり、中世において南北朝時代などの混乱があり、そして現在もそれに匹敵する震度の動揺に見舞われているように私は思います。現在私たちが日本の文化と呼んでいるもののほとんどは中世期以降のものであり、それ以前の文化はあまり現代に息づいていないとも聞きます。そして現代も過去の文化が置き去りにされ、過去と未来が断絶しそうな状況です。このようなことを踏まえると、700年周期説は私には納得のいくものです。古代日本の香りを伝えてくれるものの1つとして、日本神話に親しむことはあっていいでしょう。

 

改めて読み返したわけではまったくなく、記憶に残る範囲のことを少し取り上げますと、まずはイザナギイザナミの国づくりが思い起こされます。(サイト「古事記・現代語訳と注釈~日本神話、神社、古代史、古語」から)

(以下引用)二神はその島に天降って、天の御柱を見立て、八尋殿を見立てた。そこでイザナギが妻イザナミに「あなたの身体はどのようにでき上がっていますか」と尋ねると、「私の身体は成りに成って、足りないところが一か所あります」と答えた。そこでイザナギが「私の身体は成りに成って、余っているところが一か所あります。だから私のこの余っているところで、あなたの足りないところを刺し塞いで国を生もうと思うが、どうですか」と言うと、イザナミは「いいでしょう」と答えた。そしてイザナギは「ならば私とあなたと、この天の御柱を行き廻って出会い、『みとのまぐはひ』をしよう」と言った。このように約束をしてすぐに、「あなたは右から廻り逢い、私は左から廻り逢おう」と言った。(引用終了)

この個所は海外でも知っている人の多いところらしく、私は、フランス人が日本神話の率直さに感銘を受けたという文章をよんだことがあります。素朴な記述だと思います。古代日本人の性質の一端がうかがえると思うのです。またイザナギイザナミの2神の話は他にもいろいろと含蓄があるものばかりです。

 

そして何といっても今日もっとも書きたいことといえば、アマテラスの岩戸隠れです。アマテラスはスサノオの狼藉に、こういっていいのかわかりませんが、心が傷つき天の岩戸に隠れてしまいました。アマテラスは太陽神ですので、アマテラスが隠れてしまいますと世界は暗くなってしまいます。何とかしてアマテラスに天の岩戸から出てきてもらわなければならず、アメノウズメの活躍があります。私は最近少し神楽を見ることがありますが、神楽の起源はこのアメノウズメと関係があるようです。神楽はとてもおもしろいものです。

 

さて、アマテラスは高貴な神ではありますが、その高貴な神が心傷つくこととなりました。これはとても重要なことを示唆していると思います。誰の言葉が確かではないのですが、ツイッターで拾った言葉を少し載せておきます。
"What hurts you blesses you."(あなたを傷つけるものはあなたを祝福します。)
"Through which wound does your light shine?"(どの傷口からあなたの光は輝いていますか?)
アマテラスは心に傷を受けました。その傷口から何かが流れ出てきます。私の関心領域でいえばヴェーダも流れ出てきているでしょう。それ以外のものも流れ出てきているでしょう。私はアマテラスという高貴な神の心の傷から流れ出てきたものが、古代日本ひいては現在までの日本の社会の構造を定めていると思うのです。ヴェーダは社会の倫理構造であり、論理構造です。アマテラスは日本社会の倫理構造と論理構造の源であるとそう考えます。アマテラスの心の傷は、日本社会への祝福をもたらし、日本社会に方向を示したものであるでしょう。

 

日本人はこの160年ほどの間に明治維新と敗戦を経験しました。どちらも日本人の心に大きな衝撃をもたらしました。特に現在に生きる年長者にとっては敗戦は心の傷となり、それが戦後日本の構造をある程度規定してきました。これは否定しがたいことです。このような社会の構造はなかなか変わりがたいものです。このように規定された社会構造は良い悪いというレベルのものではありません。神話的な様相をもち、善悪を超越したところさえあります。単に敗戦だけではありません。明治維新前後以降の社会をそれを見るにふさわしい人が見れば、神話を紡ぐことすらできます。それは神の物語です。本来神話は国家の起源を説明するものとされますが、しかし実際にはいつの時代も神話と解釈しえます。現代は特にそれが端的であるというだけです。

 

人は長い人生において時に神話の知を必要とする時期があり、どの国も自国の神話をないがしろにしてはならないというのが私の考えです。いえ、他国の神話の知が役に立つことも往々にしてあるでしょう。そういう意味では現在そのような知が軽んじられていることに懸念を感じています。

フロー(流れ)

 

最近SNSを見ていると、フロー(flow、流れ)という単語を時に目にします。今日はそれに関してさまざまに書いてみたいと思います。

 

きれいな川の水も淀(よど)むと時に腐ってしまいます。転がる石に苔がつくことはないという英語のことわざがあります。動き続ける、流れ続けることは自然界においてはある意味正常な状態なのかもしれません。この世にまったく変化がないならば、人間は動きを認識することができず、動きがないならばおそらく時間を認識することもできないのではないかと思います。この世界は時間という基盤、つまり変化の上に存在しています。

 

帰依というものもフロー(流れ)です。それは人間から超越者(神)への愛の流れです。心にもない祈りを口にして形だけ手を合わせても、愛は超越者への流れることはなく、愛の流れを伴うもののみが帰依と呼ばれます。帰依は愛の流れです。超越者に向けられなくても、人間同士などの間で流れる愛があります。母の子への愛、夫婦間の愛、友人間の愛(友情)、隣人愛、動物への愛などです。同じ家や社会の中に過ごしているとしても、その関係に愛がなければ実質的に意味の欠けた関係であり、家庭や社会を真に支えていて、家庭や社会の構造となっているのは愛の関係に他なりません。人間の体が血管を通じて流れる血液によって生かされているに似て、家庭や社会は愛の関係(愛のフロー)の形をとります。

 

「人が呼吸をするように、人は対話をする」(ヤーコ・セイックラ)。この言葉をかつて森川すいめい氏の著書の中で見かけました。森川氏自身の言葉かは忘れましたが、「対話とは、外の世界に反応し、それを自分の中で受け止め、それへの反応を返すことである。返した反応は、また同じようにして返ってくる。」というメモが私のメモアプリに残されています。

 

目の前に人がいて、その人と対話するのが基本ではありましょう。人とは限らず、外の世界に反応することが対話であるならば、SNSの世界でも対話は行われているといえます。個人を特定してコメントするだけでなく、マスとしてのSNS世界に反応することはあります。呼吸のように対話を欲しているのが人の性(さが)であるならば、一概にSNSでの人々のふるまいを切って捨てることはできないのかもしれません。人やSNSとの対話だけでなく、大地や海、街や山などの肉眼で感知される被造物の世界との対話もあります。世界や自然との対話は、私にとっては超越者(神)との対話の一つの形式になります。先ほど述べた帰依というものも対話の一つです。当然、対話もフロー(流れ)の一種であると理解することはできます。

 

私は若いころ精神的な非常な困難に遭遇しましたが、そういう時期は対話が不能であったようなところがあります。周囲の人と対話が成り立たなかったり、世界や神との対話(祈り)が機能していなかったといえます。非常につらい時期でした。森川すいめい氏によれば、あらゆる対話が不能となった時、人は死を選ぶ可能性が高まるようです。言葉を交わしてもそれが対話でないことは往々にしてありますので、会話ができていても対話が不能になっている人というのはいます。会話は言葉(音の振動)のやり取りですが、対話には愛の流れ(フロー)があります。自立とは複数の依存先を確保することだという言葉がありますが、それに似て、適切な生存とは複数のフロー(流れ)を確保することだといえなくもありません。

 

ちなみにサティヤサイババの著書は15あるようですが、それらはプレーマヴァーヒーニー、ギーターヴァーヒーニー、ディヤーナーヴァーヒーニーなどと名付けられています。ここでヴァーヒーニーとは流れの意味をもちます。プレーマヴァーヒーニーはプレーマ(愛)の流れであり、ギーターヴァーヒーニーはギーターに関する知見の流れであり、ディヤーナーヴァーヒーニ―はディヤーナ(瞑想)に関する知見の流れのことです。これらはサイババから私たちへと向けられた流れであるわけです。つまりサイババが行われた私たちとの対話(のとっかかり)であるわけです。私はそれらの著書の一部に反応し、自分の存在をもって受け止め、それを咀嚼し、それを実践し、サイババへ反応を返してきました。サイババと私との対話です。実際に口から発する言葉を交わしているのではありません。存在と存在を通じての対話です。湯川博士は中間子を予言しました。中間子は陽子と中性子をつなぎ、原子核を安定に保ちます。私にとってサイババからの流れ(ヴァーヒーニ―)を実践するということは、原子核つまり原子つまり人間にとってのアートマを安定に保つ働きをもちます。

 

二元性の感覚が少しでも残っている限りは、対話あるいはフローを意識せざるを得ないでしょう。川は大洋へ向かって流れますが、川は人間個人を象徴し、大洋は超越者(神)を象徴します。川が大洋に融合するまでは人間は流れ続けるのです。それが運命です。

経験から学ぶ

 

 「賢者は歴史から学び、愚者は経験から学ぶ」というような言葉があったと思います。歴史は集団的行動、集団的知性に関係するもので、それに関する知見は1人の人間の知性を越えたところがありますので、歴史から学ぶことの利点が大きいのは確かなことです。経験から学ぼうとしても、そもそも自らの視野が狭ければ、独りよがりな結論しか得られないかもしれません。それは確かです。しかし謙虚な態度でもって、自らの経験を振り返り、過ちを認め、それを改めることができるならば、経験から学ぶことはできるでしょう。私は過去を思うことの多い人間ではあり、経験から教訓を得ようとしてきはしましたが、適切な学びを得ることが上手ではありませんでした。しかし経験から殊更学びを得ようとせずとも、自らが経験してきたことが何かに似ていると自然に思えることは多々あり、それが何かを突き止めることで結果として学びになっていたことがあります。今日はそれについて少し書いてみます。

 

たとえば私は自分が交差点のようなありようを示していたと思ったことがあります。たとえば私は自分が兵站のようなありようを示していたと思ったことがあります。たとえば私はサイババの乗る車の運転手のようなありようを示していたと思ったことがあります。たとえば私は木としてのありようを示していたと思ったことがあります。たとえば私はミミズとしてのありようを示していたと思ったことがあります。たとえば私は自分が変圧器のようなありようを示していたと思ったことがあります。これらは私の経験の一部です。

 

自らの交差点としてのありように関しては

aitasaka.hatenablog.com

で書いたことがありますので、そちらを参照していただければと思います。私は人が通り過ぎる1つの場であり、誰かがどこからか来て、どこかへと進んでいく1つの通過点であったわけです。

 

兵站(へいたん)としてのありようについてです。兵站とは軍事的な意味で用いられる言葉で、食料、武器弾薬の最前線への供給に関係することです。兵站の「兵」は兵隊を意味し、「站」とは中継地や宿場の駅などを表すようです。現代的な意味ではロジスティック(物流)の機能として語られることもあるようですが、そのような類のことです。自分が兵站のようなありようを示していたとは、何かが欠けているところにその何かを供給していたということです。私はおすそ分けやプレゼントを比較的する人間だとは思っていますが、そういう意味もありますし、また部分的に知識の供給にも少しかかわってきた面はあります。

 

サイババの乗る車の運転手としてのありようについて。ギータによれば内在者は主ご自身であり、人間の肉体は主を祀る寺院であります。人間としての意識(ある種のエゴ)は寺院の管理者として振る舞うときに正当化されるのではないかと思いますが、肉体の動く面を考慮して肉体を理解すると、肉体は主が乗る車であり、人間としての意識(ある種のエゴ)は車の運転手になります。主のご意志があって運転手は車を運転します。そのような強い実感があるとき、主の乗る車の運転手としての役割を果たしていると自らを規定することができます。

 

木としてのありようについてです。人間は動きますが、何らかの文化的養分のあるところに根差した成長を遂げていき、そこに焦点を当てれば、人間を木に例えることができます。木の究極的な目的は自分と同じものを作り出すことです。つまり種を作り、それがどこかにまかれ、根差すことです。それを果たしさえすれば、切り倒されて薪になろうが、果実を誰かに奪われようがまったく構わないわけです。木はそうと知らずに、誰かを強い日差しや雨から守っているかもしれません。それらに関して私は自分がどのような役割を果たしてきたかは知りませんが、木が何十年もかけて大きく育つように、これまでの人生において一貫して自らの文化に根差し成長してきたような気がしています。

 

ミミズとしての役割について。ミミズは土づくりをします。ミミズの多い土地は肥えているといいます。私は内省的であったので、さまざまな事柄に関してそれを咀嚼し理解しようとしてきました。もしかしたらその結果私がかかわってきた領域は少しばかりですが土が肥えたかもしれません。ごくごくわずかであるとしてもです。ミミズはそういうことを意図しているわけではないでしょうが、私もそういうことを意図してはいなかったにしろ、自らが望むことを行っていただけであるにしろ、結果としてそういう側面はあったと思うのです。

 

変圧器としての役割について。変圧器はある電圧の電流を異なる電圧の電流に変える器械のことです。世の中にはいろいろな背景の人がたくさんいて、それぞれの人はそれぞれの波長のようなものをもっています。エネルギーの強い人もいれば、あまり強くない人もいるでしょう。その人その人の歩んできた背景の違いは電流の違いに似ているところがあります。そのように背景の異なる人と接する時、強い圧力や不調和を感じることがあるのですが、それを自分に適切な形に調整して自分の中に取り込みます。そのようなありようのことを変圧器としての役割と呼んでいます。

 

たぶんどの人も自らのありようをこの世に存在するものに当てはめて理解することはできると思うのです。そのように理解する時、譬えられたものの普遍性に似た普遍的な教訓や学びを得ることができるかもしれません。このような形で経験から学ぶことは可能だと思うのです