愛に生きる

日常生活から少し離れて内省の時間にふと浮かんだ思いを記します。

光明瞑想と教育

約2年程前に光明瞑想について書きました。現在でも光明瞑想を続けています。本当は1回の瞑想に20~30分くらい時間をかけるのがいいのかもしれませんが、5~10分くらいで済ませています。それでも、日々つつがなく過ごさせてもらっているのは、光明瞑想と何回か前に書いたガヤトリーマントラのおかげだと思っています。

 光明瞑想は最も安全で簡単で効果のある瞑想法だといわれ、私も10数年毎日欠かさず続けてきて、それを実感しています。最も大きな効果は心の安定、平安です。

 簡単に光明瞑想の方法について書いておきます。まず眉間から光を取り込み、その光を頭から胸(ハート)に降ろします。そしてハートを光で照らしつつ、ハートに蓮の花を想像して、その花びらを一枚ずつ開いてきます。そして、引き続き光を両手、両足、胸、お腹、腰、背中などに移し、頭部にもってきます。舌、耳、目、脳(頭脳)を光で満たし、それらを正しく用いることを思います。
 今度は、光を頭頂部から外に出して、両親、家族、親類、知人・友人、見知らぬ人や敵対している人などを光で満たしていきます。山や川、田畑、海、街、地域や国・世界、地球や宇宙を光で満たします。
 最後に、私は光の中にいます、光は私の中にあります、私は光ですと思い、光との一体性を感じながら、心の活動のない状態をしばらく保ちます。そして適当なときに光をハートに戻し、目を開け、瞑想を終えます。

 瞑想に関してひとつだけ注意点があります。背骨を棒にくくりつけたように、まっすぐにピンと伸ばすことです。でなければ、脊髄が損傷することがあります。

 この光明瞑想の一連のプロセスは、教育の本質を示しているように思います。まず、ハートで蓮の花が開くところを想像するのは、ハートの開花を意味します。現代の教育は頭脳を用いることが中心ですが、本来教育で重要な点はハートの開花です。心(ハート)を広げるということです。
 続いて光で手足という行動器官、舌(言葉と味覚)、目や耳などの感覚器官を満たすということは、自己コントロールを意味します。自分をコントロールできなければ、この世の何物もコントロールすることはできません。
 さらに、光を身近な人から始めてすべての人に広げていきます。親しい人を光で満たすことは容易ですが、敵対している人を光で満たすことは難しくもあります。しかし、すべての人を光で満たします。これはすべての人を愛し、すべての人に奉仕するということを意味します。さらには、自然や世界、宇宙も愛します。
 最後に私が光の中にあり、光が私の中にあり、私と光が一つであることを思うことで、私がこの現象世界を超えた存在であることを理解し、人生の目的が光(超越的な存在)と一つになることに気づきます。そして、しばらく一体感を体験します。
 光をハートに戻して、現実世界へと戻ります。

 ハートの開花、感覚や行動器官のコントロール、愛と奉仕の実践、世界との一体性、人生の目的を理解し、自らが超越的存在であることに気づくこと。これらは教育の本質といえます。

 最初は何も分からずに光明瞑想を続けてきましたが、次第にそれが教育と深く関わっていることに気づいてきました。ハートの開花などの基礎ができていてこそ、学校で習うさまざまな知識が役立つものとなります。豊かな土地には何の種を蒔いても豊かな収穫が得られるようにです。(瞑想は土作りのようなものです)

 最初にも書きましたが、光明瞑想とガヤトリーマントラ、私はこの二つはすべての人におすすめするものです。アマゾンで検索すれば、「サイババの光明瞑想」という本と、2011年に出された「神我の響き」というCDがあります。本には光明瞑想に関する解説があり、CDには光明瞑想への音声への導入が入っています。もし瞑想で迷っている方がいれば、この二つをおすすめします。

 この記事が今年最後の更新です。1年間ありがとうございました。読んで下さる方がいるので、続けてこれました。皆様が良き年を迎えますように。皆様が平安でお幸せでありますように。世界が一つになりますように。