愛に生きる

日常生活から少し離れて内省の時間にふと浮かんだ思いを記します。

自助―セルフヘルプ

私はどちらかというとがむしゃらに努力するタイプの人間です。思い通りの結果にならないと少しはがっかりしますが、何もしないではいられないというところがあり、とにかく行動に携わっています。

 「神は自らを助けるものを助ける」と言われています。自分で自分のことをしている人、こつこつと努力を重ねている人を神は助けると言います。無為に何もしない人はそのまま放っておかれるそうです。

 自分で自分のことをすると言いますが、これは結構大変なことです。自分で毎日食事の準備や洗濯、掃除、アイロンがけ等をしている人はそう多くないはずです。専業主婦の人はそれを行ってはいるでしょうが、男の人でこれがすべてできる人は少数派ではないでしょうか。私は大学生のとき、同じ年頃の人が靴の紐を結べないと聞いて少し驚いたことがあります。

 自分で自分を助けることをセルフヘルプといいますが、この言葉を以前熟考したことがあります。「セルフ」は「自己」ですが、「本当の自分って何?」、「自分を助けるときの自分って何?」と悩んだものです。ヘルプは「助け」ですが、奉仕活動に携わったことのある人はわかるのではないかと思いますが、「助ける」ということは意外に難しいのです。困難な時期を過ごしていた私は、いくら頑張っても頑張っての思い通りにいかず、自分の状況が変わらないことがあり、随分と苦しみました。

 しかし今では自己理解や奉仕に関する理解も深まり、自分で自分の生活をコントロールできるようになってきました。自助努力を惜しまなければ、思わぬ助けがこちらから求めなくてもあちこちからもたらされます。「神は自らを助けるものを助ける」という言葉を実感する次第です。

 自分で自分の身の回りのことができるということは、人間としての基本だと思います。これは健常者だけでなく、障害を持った人や病気で動けない人にとってもそうです。彼らは自分の手で自分の面倒をみることができないことがあるかもしれませんが、自分の意志を周囲の人に伝えて、自分の生活をコントロールすることができます。

 人間は一生を働いて過ごすことで送らないといけないと思います。自分でできることは自分でして、自分や家族の面倒は自分たちで見て、それでも余った時間や労力や余剰生産物を他の人々のために使うべきです。この余剰生産物や労力、時間の交換こそが本来の経済なのだと思います。

 自分の子どもの面倒をみることのできない教師、自分の健康管理のできない医師、自分の説く理想を日々の生活で実践できない政治家などは基本的に自助努力ができていない人たちだと思います。また現在の社会環境においては大変難しいことは知っていますが、人はある程度の食物と衣服の安寧はお金で買うのではなく自分で確保できるよう努力すべきだと思っています。家庭、家族が安定していれば、これらのことは可能だと思います。