愛に生きる

日常生活から少し離れて内省の時間にふと浮かんだ思いを記します。

浅川IBMフェロー

新聞を見ていて目についたのですが、IBMフェローの浅川智恵子氏が来年4月から日本科学未来館の新しい館長に就くことに決まったそうです。私は浅川氏のことを知らなかったのですが、経歴を見て彼女に関心を持ちました。インターネットで調べた範囲で彼女の経歴を簡単に記しておきましょう。1958年生まれ。小学生時代のプールでの怪我がもとで、中学2年生の時に失明。英語やプログラミングを学びIBMに入社。視覚障害者支援のプロジェクトやアクセシビリティ実現のための研究をしている。2009年からIBMフェロー(日本から3人目)。2013年紫綬褒章受賞。素晴らしい業績を残してこられた方です。こんなところに着目していいのかとは思いますが、彼女は女性でありそして視覚障害者です。ただ本人もその点を生かしてきたという自負があるようですので、私もそのあたりのことを中心に述べたいと思います。
 
彼女は目が見えません。なので目が見える人にはない不便を日々の生活の中で味わってきました。目が見える人の世界と目が見えない人の世界の見え方は異なっており、目が見える人が気づかないことに彼女は気づくことができます。それが彼女の仕事の独自性につながったのは間違いないことでしょう。世界に70億の人がいますが70億の人は皆異なっており、つまりそれは多様性が自然の特性であることを示しているのですが、多様性こそが彼女の仕事の源泉だったわけです。
 
次の記事に書いてあることですが、電話の発明はベルの母と妻が聴覚障害者だったことと関わりがあり、キーボードや文字・音声認識、字幕などはもともとは障害者のために開発されたものだということです。私は常々科学技術は「障害者」のためにあるという持論を持っていて、上に挙げたようなこと以外でも、たとえば人間はせいぜい時速20kmでしか移動できない限界のある存在ですが、その「障害」を克服するために自動車や電車、飛行機を作り上げたと思っています。冷蔵庫や洗濯機、テレビなどもそれがなければ不便を感じる「障害者」のためのものです。聞き慣れた言葉ですが必要は発明の母であり、「障害者」には切実な必要があるわけです。日本はこの30年の間ある意味停滞していますが、それは自らの「障害」から目をそらし、多様性を否定する傾向が他国の一部より根強いことがその要因の一つであるような気がしています。障害者に無理難題を押し付けるのに似て、自己責任論がはびこっていますし。
 
 
浅川氏の手本によれば、多様性=人と異なることは強みなのですが、先にも述べたとおり、本来70億人が70億人とも強みを持っていることになります。人がなさねばならない仕事のかなりの部分は、まずその自分の強み=多様性を理解し、自分が人と違うというその素朴な思いを大切にしていくことです。余談ですが、かつて中垣俊之氏という方が新聞紙上で「他人とは違うぞという物事の感じ方をどうか葬り去らずにずっと心の中で大事に育てておいてください。大人になってから必ず自分を助けてくれますから」と若者に述べていたことがあります。私自身も、人との間で相互理解が中々進まないことが多く、自分の感覚が他者と異なっていることを感じ続けてきました。

また浅川氏の仕事から次のようなこともいえます。彼女は自分が置かれた状況において困っており、それを解決する努力がイノベーション(技術革新)といわれるものをもたらしたということは先に書いたとおりですが、これはいわゆる奉仕の構造に関係します。奉仕とは一般的には困っている他者へのタイミングのいい援助のことですが、浅川氏の場合は自分が困っていることを解決しようとした、つまり自分を助けようとしたことが、他者を助けることでもあったというわけです。本来奉仕とは自分を助けることなのです。街を歩いていてホームレスの人が汚れた服装をしお腹をすかしているのが目に入ったとき、人は心が痛みます。その自分の心の痛みを取り除くためにホームレスの人に衣類や食物を提供するわけです。奉仕は人が本来の自分の姿を取り戻すための作業にほかならないわけですが、それが他者へのコミットメント、他者とのやり取りによって行われるという構造があります。外界にあるものを理解するためには自らの内面をのぞく必要がある一方、内面の痛みを取り除くためには外界との関わりが必要であるという、自らと外界との関係は不思議なものです。
 
他者と異なるという多様性を出発点に人は人生を生き始めます。それによって開発された領域(イノベーションや奉仕)の総体が私たちを一つに結びつけます。浅川氏の人生は私にこのことを改めて教えてくださっています。unity, onenessと多様性diversityの関係です。多様性を無視した同調性は、問題から目をそらし、問題解決を先延ばしにし、問題を根深くし、私たちを一つにしないでしょう。浅川氏は現代日本の手本の一人であることは間違いありません。