愛に生きる

日常生活から少し離れて内省の時間にふと浮かんだ思いを記します。

東京オリンピック Unity in diversity

新型肺炎ウィルスが世界中に広まっていることにより、東京オリンピックの開催が一部で危ぶまれています。コロナウィルスが今後も拡大するのか、あるいは収束していくのかは私にはまったくわかりませんが、東京オリンピックが中止あるいは延期になっていない今のうちに、少し触れておきたいことがあり、今回そのことを書くことにしました。
 
少し話はずれますが、ハードロックカフェという店があります。私は20年くらい前に大阪にある店舗に人に連れられて一度だけいったことがありますが、ハードロックカフェの設立者の一人はアイザック・タイグレット氏です。彼はスピリチュアリティに関心を持つ人でサイババのところにいったことがあります。サイババの御教えで最も有名なのはLove all, Serve all.(すべての人を愛し、すべての人に奉仕しなさい)ですが、アイザック・タイグレット氏はサイババにこの言葉をハードロックカフェのモットーとして使ってもいいか尋ねました。サイババはそれを許し、そういうわけでハードロックカフェのモットーにLove all, Serve all.が含まれています。
 
東京オリンピックの話に戻ります。東京オリンピックの広報メッセージは「みんなの輝き、つなげていこう」「Unity in Diversity」です。Unity in Diversityは直訳すれば「多様性のうちの一体性」です。多様でありつつ一つとなって行動していこう、共通の要素を見ていこうというようなニュアンスを感じさせる言葉です。
 
実はこのUnity in Diversityという言葉は、サイババが長い間多用してきた言葉です。国はさまざまでも地球は一つ、人種はさまざまでも人間は一つ、ことばはさまざまでもハートのことばは一つ、などの言葉とともに、多様性の内に共通するものを見ることを人々に教えるために、多様性のうちの一体性(Unity in Diversity)という言葉を繰り返し繰り返し述べてきました。この地球上で、サイババほどこのことに触れたものはいないだろうほどです。
 
このUnity in Diversityという東京オリンピックの広報メッセージが、サイババに啓発されて選ばれたのか、あるいはもうすでにこの言葉は世界中に広まっているので、世界の物の考え方の潮流に馴染みのある方がこの言葉を選んだのか、あるいはまったく独自にこの言葉を思いついたのかは私にはわかりません。ただ噂でしか知らないのですが、政府関係者の中にサイババに関心のある人がいることは聞き及んでいます。
 
この広報メッセージがどのようにして選ばれたかを詮索しても仕方ないことですが、このメッセージの意味するところ、理念が日本社会や世界に広まって欲しいと私は願っています。
 
単位unitとなる集団・集合があります。そこには多様な存在がいます・あります。多様な存在があっても、あるいは多様でありつつ、多様であることを活かして単位unitとして機能し続けること。これはUnity in Diversityです。
70億の人間はさまざまです。しかし皆が食物を食べたり空気を吸って生きており、石を常食している人間はいません。毎日睡眠をとっていますし、喜びや苦しみを味わう生活をしています。70億の人間は一人として同じ存在はいないのは確かではありますが、70億すべての人間に共通する要素があるのも間違いないことで、そのことを理解すれば自分と異なる人々とうまくやっていくことはよりたやすくなります。これもUnity in Diversityです。
オリンピックはスポーツの祭典です。選手の競技種目はさまざまでしょうが、それでも身体パフォーマンスへの情熱は共通です。それもUnity in Divesityです。
オリンピックは多くの人々が観戦します。観戦者の人種、性別、年齢、裕福度などはさまざまでしょう。しかし皆が共通してオリンピック選手の素晴らしいパフォーマンスに興奮して拍手を贈ります。これもUnity in Diversityです。
 
争いは基本的に自分と異なるものの間で起こります。他者と自分との間に共通点を見る目が皆に備わっているならば、争いは起こりにくいものです。すべての存在が神性を宿しているというのが霊性の真理です。多様なものの内に一致するものを見出すことを習慣にしていれば、いつかは霊性の真理にたどり着くことができます。ただ私が思うのは、多様性は自然の特性であって、多様性の内に一体性(一つの単位、共通要素)を見ることは、多様性の否定を促しているわけではないということです。みながあるがままに、そのうえで共通の要素を見ていこうということです。