愛に生きる

日常生活から少し離れて内省の時間にふと浮かんだ思いを記します。

直観―認識―行動

私はずいぶんと頭の使い方に悩んだ過去がありますが、最近はできるだけ直観に従うようにしています。

 世間の常識は必要で、普通の考え方は大切なのですが、他の人が考える通りに考えていれば、あまり創造的な思考ができないのではないかと思い悩んでいたのです。しかし、今は内なる直感を大切にしています。直観にはあまり根拠がないように感じもするのですが、それは物事に対する新たな視点を与えてくれます。直観はたとえてみれば火花のようなものです。それを無視すれば、すぐに消えてしまうのですが、可能な限りそれを活かせないかと心がけています。

 直観はアイデアのようなものです。それだけではすぐに現実に応用するのは難しいので、時間をかけて生活の中でどう具現化するかを考えます。物事を様々な観点から検討します。自分が納得して物事を理解できるようになるまでこの作業を続けます。これが認識です。これによって直観という火花は炎へと燃えあがります。認識が固まってくれば、あとは自然に行動できます。

 ものを作る人はこのプロセスを大切にしているということを再認識しています。建築家の設計には三つのプロセスがあり、それは意匠、構造、設備だったと思いますが、意匠とは全体的なデザインで、構造は力学計算を取り入れた設計で、設備は空調や電気の配線を組み込んだ設計だそうです。服も最初はデザイン画から考えていくようです。

 直観は言葉では語りにくいものですが、それを分析検討することによって、自分の言葉にしていきます。行動に関しては、ほとんど自分が組み立てた認識に従います。周囲の人のことはあまり考えません。他の人のことは、分析の作業において様々な可能性を考慮しています。

 このような過程を通して様々な試みを行っていくと、多くの新しい体験が得られます。行動パターンの変容ももたらされます。また技能の獲得ももたらされます。他人から思わぬ反応が返ってくることもあり、年をとっても人生が新鮮に感じられます。

 教育はそもそもこのような直感を重視し、それを現実に応用するためにどのような試みをすればよいのかを体験的にまなばさせるのがよいのではないかと思います。人間には多くの良い思いが埋もれていますが、それらが現実生活の中で実現されれば、本人にとっても、また周囲の人々にとってもすばらしい効果がもたらされると思います。またこれこそが個性化ということであり、自己実現へと向かう一歩一歩の歩みだと思います。社会においては起業の数も増えてくるでしょうし、社会問題を解決する糸口も思わぬ人のアイデアからもたらされるのではないかと思います。

 要は頭の使い方なのですが、私はあまり外部の情報に多くを依存しない思考を身につけるようになってきたのです。