愛に生きる

日常生活から少し離れて内省の時間にふと浮かんだ思いを記します。

生活をシンプルにする

 生活をシンプルに。私の最近の願いです。 断捨離という言葉もここしばらく聞かれます。いろいろなものがまだ手元にありますが、不必要なものをこの数年でだいぶ処分しました。物の処分の他にも、人間関係の整理、物事・生活習慣の整理にも心がけています。

 30歳になる頃まで、私の一番の悩みは人間関係だったと思います。人に対して気を使うというか、相手に対して誠実であろうとするのですが、それが時に重荷になることがありました。また自分の思うように人間関係が行かないときに悩むこともありました。人間関係をすべて捨て切ることはできないので、人間関係の悩みと縁を切ることができずに困っていました。

 後にインドの方に次のような話を聞きました。私が人間関係に悩んでいたというと、その方は、「まず第一に神様との関係をしっかりと築くことが大切です。それができさえすれば、他の人との人間関係は自動的に調整されます」と言っていました。私がこの話を聞いたとき、私は人間関係の泥沼から抜け出しかけていた頃でしたが、この言葉がきっかけで以後人間関係に大きく悩まされることがなくなりました。

 肉体に執着していれば、他の人との肉体を基盤とする人間関係は真実に感じます。しかし、神との関係を築けたならば、神との関係こそが真実であって、他の人とのこの世の関係は相対的なものになります。最初、人はこの世の多様性が真実であると感じ、後に自分と神しか存在していないように感じだし、そして最後にただ一者のみが存在することになります。神を思うことで多様性や肉体にまつわる真実性は次第に消えていきます。

 神との関係が強いものとなるにつれ、他者とは気軽に関われるようになってきました。他者と気軽に付き合うのは、他者に対して不誠実ではないかと以前は感じていたのですが、今はそういう思い込みもなくなってきました。

 神の御名を唱えそれに集中することによって、この世のさまざまな出来事や消息を整理することができます。神の御名を唱えていれば、この世のことは意識の背後に消えてしまいます。神にのみ価値をおくことができれば、この世の物事は相対的なものとなります。神の御名への集中のあとには、この世のさまざまな事物の重要度が変化し、それまで大切だと思い続けていたことが大して重要でないことに気づいたり、今まで放っておいた大切なことに気づき、生き方が変わることがあります。

 少なくとも私はこのようにして人間関係を整理し、複雑な生活をシンプルなものへと整理してきました。私には効果のある方法だったのです。かつては100kgもの重荷を背負い続けていたような生活が、今は片手に数kgの荷物をもっているくらいの感じで生きています。

 もし自分が心から信じれる神や仏の姿があるならば、その姿に集中するのがいいでしょう。特定の御姿を崇める気にならず、名や姿をもたない超越者に集中することは多分困難を要するでしょう。私はグル(霊性の師)との対話の中で、自分の心にしっくりとくる神の御姿を定めました。その人の準備が整った時に師は現れると言いますが、もし今霊性の師がいないならば、サイババの本を読むことを勧めます。なぜならば彼は鏡のような存在であり、彼に向かうとき、人は自分の姿に気づくことができると思うからです。まず第一に自分に気づき、そこから自分の歩みを始めればいいのです。