愛に生きる

日常生活から少し離れて内省の時間にふと浮かんだ思いを記します。

価値を伝える

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migrodriguez21



家に10本近くのカセットテープがあります。最近これまで使っていたテープレコーダーが壊れてしまいました。今は10本近くのカセットテープを再生することができません。どうしようかと考えています。カセットテープには価値あるものが録音されているのですが、今では(そしてこれからは)カセットテープを用いて情報を共有することはほとんどないと思われるので、カセットテープを思い切って処分してしまおうかと考えています。しかしカセットテープをMP3音源に変換するものが売っているので、場合によってはそれを買うことも検討しています。

 カセットテープに限らず、CDであれ、MP3であれ、すべての情報はいつかは消えてなくなります。デジタルデータをパソコンやハードディスクあるいはクラウドサービスに保存しても、時の流れにかなうものはありません。本についてもそうです。本はずっと残るようではありますが、一度出版されても、売れなくなり再出版されなくなるといつの日かその本はこの世からなくなってしまいます。10年後か、100年後か、1000年後に。

 また、大切だと思ってそれらを記録に残しても、記録しただけでその情報を再び見る機会がないこともあります。私などは写真を撮って保存しているのですが、ほとんどパソコンやCDに保存しただけで満足していることに気づき、最近はできるだけプリントして楽しむようにしました。価値あるものは大切に後世に伝えていきたいのですが、ひょっとすればそれは案外難しいのではないかと最近感じます。

 以前インド人と話をしたときにヴェーダの話になりました。ヴェーダは人類最古の聖典といわれていますが、それが現在まで残っているのは口承で引き継いできたためだと彼は言いました。私は書物にしたほうが後世に残りやすいと考えていたので、その話にとても衝撃を受けました。口伝えで何年もかけて小さな子どもにヴェーダを教えることを、何代も何十代も続けてきたために、ヴェーダの発音は何万年前の形をそのまま保ち続けていると彼は言いました。

 私はこれまでの人生で大切なことをいくつか学んできましたが、自分がそれを誰かに伝えなければそれは無に等しいというような思いがあり、何とかして誰かに伝えたいと思っています。ある意味、このブログなどもそういう思いがあるのかもしれませんが、しかしやはり文章だけではほとんど何も伝わらないという実感があります。自分が身につけたことのわずかでも伝えていくには、直接人と接しながら、手本を示したり、手とり足とり時間をかけて教えることを通じてしか方法はないのではないかという気がしています。

 匠の技もそうだと思います。それぞれの家の文化もそうだと思います。信仰心なども身近に手本となる人がいるほど伝わりやすいように思います。私には一流の技術や知識、能力はありませんが、幸せになるちょっとしたコツ、健康を保つために大切なこと、生活習慣や社会習慣に関すること、その他に関して少しは価値あるものを備えています。人との接触を通じて、少しでもそれらを分かち合いたいと願っています。また同時に、他の人からも自分にないものを謙虚に学びたいと思っています。