愛に生きる

日常生活から少し離れて内省の時間にふと浮かんだ思いを記します。

出発点に戻る

 

霊性の特徴の一つは「すべては内にある」ことと何度か触れましたが、今日はもう一つの霊性の特徴について触れたいと思います。それは「出発点に戻る」ということです。アルファベットにOとCがあります。Oを書くときは書き始めと書き終わりが一致します。Cを書くときは書き始めと書き終わりが異なっています。霊性はアルファベットのOに似ています。しかし現代において主流の論理、思想においては論理の出発点とそれから導かれることはほとんど異なっているでしょう。Cは現代社会の特徴を映し出しています。

 

最近知った児童文学者瀬田貞二氏によると、子どもが好む物語の特徴は「行って帰る」(『幼い子の文学』)だそうです。たとえば冒険に出て戻ってくるようなお話です。日常から少し離れるのだけど必ず戻ってくる、そういうお話はなぜか子どもを惹きつけるといいます。細かいことは忘れましたが、私がよく読んだ作家ミヒャエル・エンデの『はてしない物語』もそういう特徴を備えていました。ドキドキしつつも、最後はもともといた場所に帰ってくる。ときにはその過程を通して主人公が変容しているケースもあります。私はかねてから思っていますが、優れたファンタジー霊性に関することを文学的に表現したものだと受け取っています。ファンタジーに限らず、優れた絵本や物語には多かれ少なかれ霊的な要素がありそうです。

 

オーム(プラナヴァ)に関する記事を今年になって書きましたが、その際にオームは出発点でありかつ最終目的地であると書きました。宇宙はオームという音と同時に生まれ、いつになるのかはわかりませんが宇宙はそれに融合するとされます。人間の意識もそうでしょう。生まれた最初は無垢といっていい状態でしたが、この世にまみれる中で複雑に入り組んでいき、それは最終的に浄化され無垢の状態に戻ったとき、それは涅槃に近いものとされます。解脱というものもそれに似た状態でしょう。

 

タイティリヤウパニシャッドの中のアーナンダヴァリには宇宙の進化の過程が描かれています。ブラフマンからアーカーシャ(空)、ヴァーユ(風)、アグニ(火)、アーパ(水)、プリティヴィ(地)の元素が次々に生まれ、プリティヴィ(地)から植物、植物から食物、食物からすべての生命存在が生まれます。人間もそうやって生まれてきたことになります。人間は探求の過程を経て5つの鞘へとたどり着きます。すなわち食物鞘、生気鞘、心理鞘、理知鞘、至福鞘です。さらに至福は11段階に分かれています。最初の段階はこの世のすべての財産を手にしたものの喜びの段階で、最終段階はブランマーナンダ(ブラフマンの至福)です。つまりブラフマンから万物は生まれて、最終的にブラフマンの至福にたどり着くことで進化の過程は完結します。出発地点に戻るのです。

 

無神論者であっても、あるきっかけで神を探し始める旅に出ることがあります。宗教の世界を探ります。聖地を巡礼します。多くの聖者を訪問します。しかし神は見つかりません。神を探す旅は短いかもしれませんしあるいはとてつもなく長いかもしれませんが、ある時人は気づきます。神は自らの心(ハート)の中におわすと。自らの心に神を求める強い思いが湧いてから、世界中を探し回ったかもしれませんが、しかし最終的に神は神を求める強い思いが湧いたその心にいらしたのです。出発地点と最終地点は同じです。

 

霊性というのは上に挙げたこれらの例のように、Oの字のように円環を描きます。そこから来たところに帰るのです。アインシュタインコスモポリタン(国籍・民族などにとらわれず、世界的視野と行動力とをもつ人)でしたが、最終的にユダヤ人として死ぬことを受け入れました。アインシュタインは霊的なことを理解する人でした。