愛に生きる

日常生活から少し離れて内省の時間にふと浮かんだ思いを記します。

神仏と一対一の関係を築く

 

この世の中にまったくの無神論者がいるのかどうか私はわかりません。宗教を信じていなくても、なんとなく超越的な存在を意識することは誰にでもあるでしょうし、そしてその超越的な存在を神仏と思わなくても特に構わないと思うのです。あるいは思議が不能な存在に出会うことも長い人生の中でありそうなものです。

 

まったくの無神論者がいるのかどうかはおいておいて、今は神仏の存在を前提としている人について考えます。神仏の存在を疑うことがなくても、信仰の度合いは様々です。全面的に信じている人もいれば、恐怖心を感じて避けようとする人もいます。神仏の存在を前提として神仏に敵対しようとする人さえいます。ただ今その人がどうであろうとも、人が信仰心を深めようとするならば、その人はいつか神仏との一対一の関係を持たなければならない日が来ます。人はお寺や教会に行って、仏様や神様の話を聞いているでしょう。聖典を読んだりしているでしょう。最初はおそらくそれらの話がどこか他人事だと感じます。誰か他の人のための教えだと感じたりします。しかしそれらの聖職者や聖典の言葉がまさに自分自身のためのものであると受け止めなければならない状況に、いつの日か誰もが投げ込まれます。自分と神仏との間に、聖職者や親あるいは配偶者をはさまずに、神仏と向き合わざるを得ないのです。

 

神仏と向き合う際に2つの態度があるかもしれません。一つは自分は神仏のお側にいる資格のある、あるいは神仏と関係を持つのにふさわしい、何のわだかまりもない清廉潔癖な人間だとして向き合おうとする人。もう一つは自分にはいいところも悪いところもあって必ずしも立派とはいえないけれども、それでも神仏に向き合おうとする人です。私の宗派は真宗で、真宗は伝統的に後者の人たちが多い宗派です。どこまでが真宗の影響かはわかりませんが、私も後者の人間です。ただあらかじめいっておきますと、今は神様仏様と関係を持つことに焦点を当てているのであって、どちらの態度がいいとかいうわけではありません。

 

話をわかりやすくするために例を上げましょう。真宗は別に悪い人間として生きなさいといっている宗派ではなく、多くの真宗門徒は普通に常識的に生きています。しかしながら、きっかけさえあれば自分が何をしでかすかわからない人間だということは自覚するように勧められています。例えば性欲です。人間の15%は動物性だとされていますから、それは人間の構成要素の一つといっていいでしょう。子孫をもうけなくては人類はあっという間に途絶えてしまいます。私が自分の動物性を最も感じるのは食欲や睡眠欲、恐怖(安全欲)ではなく性欲です。私が信じているところでは、神様仏様というのは人の心の中のすべての思いを知っています。自分が知らないことすら神様仏様は知っています。何も隠すことはできません。なので自分が性欲の影響を受けている時、私は神様仏様にある種卑しいあるいは動物のような自分を見られていると観念しています。そんな私でも神様仏様と関係を持てています。私があまり傲慢でなくいられるのはそのおかげです。

 

あるいは怒りです。怒りも人間的な性質とはいえません。生きていると頭にカチンとくることがたまにあります。そしてカチンときたときは、いつもではないですが、時に相手に対して心の中で悪態をついています。こんなことも神様仏様は全部お見通しです。

 

性欲の影響から少しでも免れるように、食事や目にするものに気をつけています。怒りを感じてもできるだけ気をそらせてよくない態度を取らないようにしてはいます。それでも人間は先に述べたように動物的な性質の影響を受けます。そんな欠点のある自分でも神様仏様は暖かく見守り導いてくださっていると思えるだけの関係が神仏と私の間にあると思っています。そういう関係を築くように長年努めてきました。私にとっては、神様仏様と関係を築くことは、自分のありのままの姿を知る作業を伴っていたのですが、これは真宗門徒がよくいう「こんな私こそが阿弥陀様の目当てである」ということばの通りです。

 

神仏と一対一の直接の関係を持つことは信仰の道を歩む人にとっていつか必ず必要となることです。時に駆け引きをすることがあるかもしれません。時に自分の心と裏腹に全面的に委ねたふりをして見るかもしれません。神仏と関係を築く時に必要なのは誠実さや何も見返りを求めない神仏への愛なのでしょうが、大切なのは関係を築いてしまうことで、どういう道を辿ろうと一旦築いてしまえばどの道でもいいわけです。

 

今日は神仏と一対一の関係を築くことについて書きましたが、私の個人的な経験からは一つの真宗論を読み取ることも可能でしょう。真宗阿弥陀様との一対一の関係を築くことを目的とした宗派だともいえます。