愛に生きる

日常生活から少し離れて内省の時間にふと浮かんだ思いを記します。

日本精神文化の柱

 身の程をわきまえずに、日本文化について触れてみたいと思います。日本においては太古よりさまざまな思想や文化の潮流があったでしょうが、今現在私が気づく範囲に関してその特徴を上げてみます。


 現代日本の文化は、日本古来からの文化、中国由来の文化、インド由来の文化、西洋由来の文化が混じあったものです。日本古来の文化は神道でしょうが、私は神道が日本人の生活に根ざした生活文化以上のことについて知りません。教義というか基本的な考え方についてです。そこで日本古来の文化を代表して、聖徳太子が述べたとされる「和を以て貴しとなす」を取り上げます。和は同じることつまり表面上の調和とは異なる一体性のことです。


 中国由来のもので日本に大きな影響を与えたものは漢字と儒教でしょう。漢字仮名交じり文の日本人の精神に与える影響は大きと聞きますが、今それは脇においておいて、儒教について考えてみます。儒教孔子孟子の教えをもととしています。孝や仁、信などの人間の徳についての教えが中心です。厳密には中国儒教と日本儒教は異なるようですが、日本人の精神に深く馴染んでいることは疑うことはできないでしょう。これは私がしばしばこのブログで用いる用語を用いれば、ダルマです。


 インド由来のものといえば何をおいても仏教になります。仏教は世界大宗教あるいは大宗教の一つなのでしょうが、他の世界宗教と少し異なり、心理的な探求を特徴とするとよく指摘されます。もちろん絶対的な存在を崇める面もあるのですが、宗教のない日本人の宗教とされ、それは正確にいえば宗教というより霊性というのが正確かもしれません。


 西洋由来のものは物質的科学的思考とキリスト教ですが、物質的科学的思考が人の心の拠り所になりそうもないことはほぼ明らかで、一方キリスト教は愛を勧める宗教ですが、多くの日本人にその教えが浸透しているかといえば、私はそうは思わないので、今は脇においておきます。


 つまり、これまで日本を支えてきた精神文化の柱を考えてみるに、それは一体性とダルマと霊性であると私は受け取ります。この3つの素養は多くの日本人に染み付いているところがありますが、しかし理解が浅いことにより、少なくない人が表面的な生活を送っているのが現状といえそうです。この3つのテーマをもっと深く探求することで、日本人の日本理解そして自己理解が進むのではないでしょうか。もちろん、キリスト教の中心的な教えである愛について考慮すればさらに大きな恵みがもたらされます。


 一体性、ダルマ、霊性、それに加えて愛。どれも一生をかけて探求する価値のある深い内容を含んでいます。どれも日常生活で用いることがあまりない用語ですが、私がこれまでに求めてきたもののほとんどが、この4つに含まれています。