愛に生きる

日常生活から少し離れて内省の時間にふと浮かんだ思いを記します。

輪廻転生

 輪廻転生、いわゆる生まれ変わりのことです。私はこれを信じています。日本には輪廻転生を普通に信じている人が3割少しいるという調査結果を目にしたことがあります。3割は個人的には少ないような印象を受けるのですがどうでしょうか? 何というか、いわゆる肉体が死んでしまっても自分がいなくなってしまうという感じがしないので、魂が別の肉体に入っていくことにそれほど違和感はありません。

 しかしこの輪廻転生を信じている人でも、大きく2通りの見方があります。幾度もいろいろなところに生まれ変わってくることが楽しいと受け取る人、もう一方はもう生まれ変わりたくないという人です。私などは、この人生が苦痛の多い半生でしたので、このような苦痛を味わうのならば生まれ変わりたくないとひしひしと思ってきました。生まれ変わらないということは、たとえばキリスト教のように、地獄に行くとか天国でずっと過ごすというイメージをもつこともありそうですが、私は、生まれ変わってこない=解脱・解放=人生の成就というふうに受け取っており、人間が生まれてきた目的を達成し、内なる仏性というか神性を実現し、魂の進化の頂点に達することと理解しています。

 しかしながら解脱とか魂の進化という高尚なことでなく、実際のところはカルマが解消すれば生まれ変わらなくていいとも聞きます。カルマとは行為の結果のこと。いいことをすればいい結果が返ってきて、悪いことをすれば悪いことが返ってくる。人はその因果のサイクルから抜け出したときにもう生まれ変わらないと。

 あとはこの世に対する執着でしょうか。この世には苦しいこともある一方でやはり楽しいこともたくさんあって、それらに自然に惹かれてしまうものです。感覚の楽しみ、知性の楽しみ、人から認められることの楽しみ。その他さまざまです。人生はドラマのようなものですから、生きているとそれ自体がおもしろいと感じもするでしょう。あるいは特定の人と過ごすことの楽しみ。そういうものに対する執着が死んだあとに魂をこの世に再び引き寄せるようです。

 お釈迦様は人生は苦だといわれて、私もこれまで苦を味わうことが多かったので、もうこりごりだという気持ちがあり、そういう人にはこの輪廻のサイクルから抜け出すことがテーマとなるわけです。そう、意識的にも無意識的にも私は今でもそういうことを考えます。かつては虚無的であった時期もあり、しかし解脱の境地は一方で至福の境地であるということを知るにつれて、そういう方向へ関心をもち続けてきたのです。

 私などは多分世の中の少数派でしょう。特別な努力をしているというわけではありませんが、しかし人間としての向上と輪廻転生から解放されることが方向性として一致しているので、今のところ心の中に矛盾を抱えることなく過ごせています。