愛に生きる

日常生活から少し離れて内省の時間にふと浮かんだ思いを記します。

今年一年ありがとうございました

 今年も残り1週間をきりました。クリスマスが過ぎ、大掃除や正月の準備が頭の中にある方が多いことでしょう。私も大雑把にですが、今年中にすましておきたいことをすませ、あとは年越しの準備に気を回せばいいところまできました。今年も無事に年を越せるような按配で、神様・仏様に感謝したいと思っています。
 
 今年の目標は信仰心をより育むことでした。自己評価ですが、おそらく多少の前進はあったように感じていて、不安や恐怖を感じる機会が減ったことがその徴だと受け止めています。
 
 信仰心に関しておもしろい話を最近聞きました。それを書いておきたいと思います。
 
 『ある人が真夜中に崖から落ちたのですが、何とか木の枝に引っかかりそれを手でしっかりともち転落を途中で食い止めたそうです。彼は「誰か助けてくれ、誰か助けてくれ」と叫び続けたそうなのですが、そうしているうちに天から神様と思(おぼ)しき声が聞こえてきたといいます。「手を離しなさい。そうすればあなたは助かるでしょう」しかし男は、手を放せばそのまま転げ落ちて死んでしまうと思い、手を離しませんでした。翌朝ある人が付近を歩いていて、奇妙な状態で人が死んでいるのを見かけました。その人は地面から1メートルほどの高さで木の枝をもったまま寒さにこごえ死んでいたそうです。そう、彼は神様の言葉のまま手を離せば無事地面に足をつくことができ、そして付近の民家に駆け込んで死ぬことはなかったでしょう。』
 
というような話です。非常に身につまされる話です。神仏の御教えに素直に従うことに非常な恐怖を感じることがあり、それでも従えるかどうかは、それを盲目の信仰あるいは揺るぎない信仰といっていいのかわかりませんが、そういう試される状況にしばしば置かれます。そうです、信仰と恐怖心は関係が深く、信仰が深まっていくと生活のあらゆる面において恐怖が減っていくということなのですが、それが簡単ではありません。

 この恐怖心が減ったという面において、わずかばかりですが進歩があったと自分では思うので、今年は総じていい一年であったと評価しています。信仰心という霊的な課題以外の生活の部分では、特に大きな変化のない一年でした。
 
 さて、この記事が今年最後の記事の予定です。そして今来年の目標をどうするか考えているところです。それについては次回以降の記事に書くつもりでいます。
 
 この一年、どうもありがとうございました。定期的に読んでくださっている方がどのくらいいるのかわかりませんが、それらの方皆様に感謝いたします。皆様のおかげでこの一年も書き進めることができました。一度きりでこのブログを訪れてくださった方にも縁を感じています。
 
 どうぞ皆様良いお年をお迎えください。そしてまた来年皆様と共に歩むことができればいいなと思っています。それでは。