愛に生きる

日常生活から少し離れて内省の時間にふと浮かんだ思いを記します。

日本の里

 私は冬(というかヘビが出なくなる季節)になると、時間に余裕のあるときに山歩きをします。山歩きといっても、自分の住んでいるところから数十キロ以内の、地元の人しか知らないような里山を歩くのがほとんどで、標高が1000メートルを越えることはありません。500メートル前後が大部分です。

 同じ県の人が地元の何百もの里山に何十年もの期間にわたって登り、その周辺の文化の記録とあわせて自費出版した本があるのですが、それを参考にさまざまな山に登っています。ほんの小さな山でしたら100メートルくらいのこんもりとした丘のようなものですが、多くの人が登り、道がたくさんついた山もあります。森の中を歩くのが楽しいのもあるのですが、登山口にたどり着くまでに里を歩くことがほとんどで、こういう機会でないと一生足を運ばないようなところをしばしば訪れています。その里歩きで、今まで知らなかった日本を垣間見るのも興味深いです。

 私が住んでいるところも田舎なのですが、それよりもはるかに人里離れているところがたくさんあります。そこへたどり着くには1本しか道がなく、周辺の集落から数キロはなれて孤立して存在している10軒くらいの家からなる集落をみると、ここに住む人はどういう生活をしているのだろうと思ってしまいます。四方が山で囲まれていたりしていて、上下水道はあるのか、携帯電話は使えるのか、インターネットは使えるのか、買い物に行くには車がないといけないけれど、高齢化してそれが難しい人などいないのか、などなど。またもし自然災害などが起これば、道が寸断して孤立してしまうのではないかとも思います。

 おそらくそういうところに住んでいる人は、地域のつながりが街の人とは違ってかなり強いと思うのですが、もしかしたら思いもよらない昔の日本人の生活の名残があるかもしれません。

 そういう里でもあるいは山の中にも社やお宮、お寺が建てられていることはしばしばです。しかしよほどでない限り荒れています。人々の信仰を何百年あるいはそれ以上支えてきたはずなのですが、人々がいなくなるのと軌を一にして失われていくのかもしれません。悲しいことですが、これも現代日本の一つの姿です。

 何かができるというわけでもありませんし、今のところはそういうところをいろいろと見て回り、個人的に記憶に残していくだけのことです。寂しさを感じることもありますが、美しい風景を見て感動することもあります。たまにそういうところに住む人と言葉を交わすこともあります。都会の生活しか知らない人から見れば、あたかも外国を訪れているような感じがしても不思議がないくらいの世界です。

 おそらく今後もそういうところを何ヶ所か訪れることになるでしょう。そして一生に一度しか訪れないかもしれないところがほとんどでしょう。少しばかりですが、遊行しているような気がします。