愛に生きる

日常生活から少し離れて内省の時間にふと浮かんだ思いを記します。

歴史(History)=神話(His story)

作られた制度・思想・文化はすべて歴史的産物なのではないかと思います。この世は時間と空間に制限され、その中で人は生きます。時間と空間に制限されたこの世はひとつの幻(舞台セット)です。

ある哲学者は、数学は歴史を超えたものだと考えていたようです。たとえば1+1はいつも2であって、それは歴史を超えたものだと思っていたようです。しかし後に、1+1=2も人間が作り出した文化であって、歴史の中で誕生した一つの形式だと理解するようになりました。

悠久の時の流れの中で、人と人が出会い、文化(生き方)と文化(生き方)が出会い、さまざまなものが生まれてきます。宗教も歴史の中で作られたものです。文化とは、それをまとうことで自分自身を完成へと導いてくれるものです。

スワミ・ヴィヴェーカーナンダというインドの卓越した聖者が言っていましたが、神話はそれが書かれた当時に生きていた人々の生き方を反映しているそうです。神話を読むと、現代に生きる人々からみて常識はずれのことがしばしば書かれていますが、それは太古の時代にはありふれた生き方だったと彼は言います。

現代も神話の時代です。現代は、貪欲や情欲、怒り、憎しみなどに満ちた怪物たちが自分たちを人間と呼びながら世界中を跋扈している時代です。人間は本来平安で幸福に満ち、静かで穏やかな存在です。

歴史(History)はHis story(彼=神の物語)です。インドのヴェーダ聖典のある解説には、神がこの世を作った時に、善だけでなく悪も混ぜたと記されています。この世は神にとってテレビか舞台のようなもので、彼はこの世で起こっていることを楽しく見ています。彼が台本を書き、場面の演出をします。そして時にはご自身もそれに登場します。人間はごく限られた視覚しかもっていないので世界全体で何が起こっているのかわかりません。しかし、彼=神はすべてをご存知ですべてを楽しまれているといいます。善と悪は神にとってはアクセサリーのようなものです。

歴史には目的があるという人もいますが、享楽的な生き方をする人の中にはただ楽しんで時間の流れに身を任せる人もいるでしょう。私はこの世での生は「遊び」なのだと思います。私はそれに真剣に全身全霊で取り組んでいます。子どもは遊び疲れると充実感をもって親元に帰っていきます。人間もこの世で精一杯遊んだあとは、喜びに満ちて親=神のもとへ帰っていくのでしょう。

神話の登場人物にはそれぞれ特徴的な意義があります。同じように私たち一人ひとりの人生にも深い意義があります。

おまけ)"The universe is made up of stories, not atoms."-Muriel Rukeyser
「宇宙は原子ではなく、物語でできています。」-ミュリエル・ルーカイザー(アメリカの詩人)