愛に生きる

日常生活から少し離れて内省の時間にふと浮かんだ思いを記します。

他者を必要とするとき

私はよく考える人間でした。よく悩む人間でした。考えれば結論は出るものだと思っていました。問題となっていることの本質をつかめば、物事は解決すると思っていました。しかし、これまでの経験からいうと、一人で考えても結論のでないことはたくさんあります。いくら考えてもうまくいかないのは自分のせいではないか、と若い頃は思っていました。しかし今はそう思っていません。一人で解決しない問題があるということは実は他者を必要としている、ということなのです。

私は人間関係が苦手でした。他の人は私が関心のないことばかり話していて、私が関心のあることを話さないので、相手の話に合わせることがしばしばありました。次第にそういうことが面倒くさくなりました。そして次第に、人間関係はたくさんは必要ないと気づくようになりました。どうでもいいことを話すために特に他者を必要とはしません。幸い年をとってから、良き仲間に恵まれました。

話はもとに戻りますが、一人で考えて解決がつかないということは、他者の知恵や視点、協力を必要としているということです。そういうときに、人は誰かに助けを求めることができます。最も身近な家族が答えてくれるかもしれませんし、ちょっとした知人がそれに答えてくれるかもしれませんし、インターネットで誰かに聞いても構いません。あるいは行政や専門家を必要とすることもあります。その問題は個人の問題ではなくて、家族、社会で分かち合うべき問題だったのです。

私はおいの勉強を見ています。教えることはだいたい理解してくれるのですが、たまに5回、6回と繰り返し教えても、同じ間違いをするときがあります。気が少し短いせいか、そうなると最初はイライラすることもありました。しかし、今では、何もかも私から学ぶことはない。先生から学んでもいいし、クラスの同級生から学んでもいい。私がすべてを抱え込まなくてもいいのだ、と思えるようになりました。大切なのはおいの成長であって、私のエゴではないのですから。

一人の子どもを育てるには、やはり社会の力が必要だと思います。めいに、無添加の石鹸が体にも環境にもいいと教えても私の言うことはすぐには信じませんでした。しかし、私が言ったことと同じことを学校の先生が言うと、すぐに信じました。そういうときには学校の先生に感謝します。今の中学校では職場実習というのがあるようですが、やはりいい経験になるようです。多くの方に育まれて、社会の一員になっていきます。教育は、学校だけでも、家庭だけでもダメで、社会の力も必要です。

このようにして、個人は家族、社会へと、より大きなものに所属するようになります。国もそうです。一国で何もかも完結しません。一国で解決できない問題は必ずあり、そういう時に他国を必要とします。国は世界の一部になり、世界みんなが一つになって初めて、多くの問題は解決します。

私は他国の人とあまり接する機会がないのですが、心の内では他国に友人がいれば楽しいだろうなと、田舎に暮らしながら思っています。

皆が一つになりますように。

おまけ) "There are no mistakes, only opportunities."- Tina Fey
 「失敗はありません。機会があるだけです。」ティナ・フェイ(俳優)