愛に生きる

日常生活から少し離れて内省の時間にふと浮かんだ思いを記します。

多様性1

 おそらくは、多様性は自然なことのはず。進化論によれば何百万種もの生物がこの地球上にいて、それらはすべて環境に適応しながら多様性を育んできたといいます。生物が多様であるがゆえに、多少の自然環境の変動があっても、全体としてのバランスが急に失われることなく、安定して人間も生活することができます。

 同様に、人間のありようも多様であっていいはず。肌の色や文化、言語、宗教、その他さまざまなことが異なり、考え方や価値観も人それぞれです。それは人間社会全体が安定するために本来は必要なこと。現代は、自分が正しいと主張しあう人が争いを作ることがありますが、本来は争う必要はないのでしょう。

 私は甘いものが好きです。和菓子でも洋菓子でも。ココアなどの飲み物も含めて。しかしおはぎであろうと、ケーキであろうと、キャンディーであろうと、甘さの源は砂糖。ただ砂糖のみを私たちは楽しんでいます。しかし砂糖をなめるのではなく、さまざまなお菓子を作ってそれを楽しみます。

 人間はたとえば職業もさまざま。しかし適切に仕事を行った後の満足感はどの仕事でも同じです。
 親を愛そうと子を愛そうと配偶者を愛そうと、はたまた他の人を愛そうと、愛は一つです。
 人間の姿かたちはさまざまでも、その本質は神性(仏性)。

 この宇宙が創造される前、創造主はただ神性の状態であったのだけれど、その神性が失われることなく万物を創造してみようという意志に基づいてこの世界ができたと聞きます。つまりこの世界はただ一つであるのではなく、表面上は多様に見えるがいつも一つである状態のようです。

 ことさら自分の個性を気にしなくとも、普通に心に従って生きているだけで、人は個性的であるのだけれど、私はそれでいいと思っています。自らの本質が神性(仏性)であることを見失なわなければ。生物が進化してきたように、人間も与えられた環境に適応しながらまっすぐ生きるようにし、そしてそれこそが社会に対して最大の善であるのだと思うのです。