愛に生きる

日常生活から少し離れて内省の時間にふと浮かんだ思いを記します。

Life is a song, sing it!

 これまでに「Life is a dream,…」と「Life is a challenge,…」について書いたことがありますが、今日はLife is a song, sing it! についてです。

 私はそれほど音楽と縁のある生活をしているわけではありません。特別何かの楽器が演奏できるということも、歌が上手でもありません。ただ年を取ってきて、音楽のおもしろさというか楽しさが少しずつですがわかってきました。かつては音楽というと流れ去ってすぐに消えてしまうものという印象があり、刹那的な芸術だと思っていました。しかし最近はそうでもなさそうだと気づきました。ハートの奥では耳に聞こえない音楽がいつも鳴り響いていて、人生とはその音楽を生きるもののように思うくらいです。

 外尾悦郎さんという方がいるようです。サグラダ・ファミリアの芸術工房監督を任された方です。この方がこちらの記事でいっています。「神が作曲した、神の楽譜っていうのかな。神の楽譜ってのは誰も全部覚えることはできないけど、自分が与えられた音符を一生懸命奏でることができたら、その楽譜は完成するかもしれない。」

 人生には上がり下がりがあり、テンポもさまざまで、調子も明るいものや控えめなものも。それはあたかも一つの音楽ではないかと、今まではそんなことを考えたことはなかったのですが、感じるようになりました。一日一日が一つの音符を奏でるようなもので、その積み重ねである一年そして何十年は、もしかしたら一編の音楽かもしれません。

 信仰者の態度として、草履とフルートのたとえが使われることがあります。
 草履は履く人の重荷を背負い支えますが、これは人生の重荷に耐える一つの態度です。神が与えるものを不平を言わず受け入れることです。ほとんどの人はこういう態度を取りつづけることはできません。
 もう一つの態度があります。自分を空洞にして、つまりエゴや執着や欲望、あるいは何らかの衝動をなくしてしまい、神に息吹を吹き込んでもらうフルートの態度です。神が私たちを通じて音楽を奏でるに任せます。これもそれほどは簡単ではない(自らを空っぽにすることが難しい)かもしれませんが、草履の態度よりは楽ですし、こちらのほうがお勧めです。

 音楽は人の心を慰めてくれたり、勇気を与えてくれたり、また守ってくれたりします。もし人生が一編の音楽で、私たちがそれを生きるならば、多分知らず知らずのうちに周囲の人に喜びを与えているはず。

 どうでしょうか? 人生は歌でしょうか? 歌であるならば、口先だけで歌うのではなく、お腹からしっかり声を出して調子をはずさないように全霊で歌うのがいいと思うのです。そして人々皆が人生の歌を歌うならば、世界は至福ですぐに満たされるでしょう。