愛に生きる

日常生活から少し離れて内省の時間にふと浮かんだ思いを記します。

森(forest)の中で休む(rest)

 お仏壇での礼拝時には、ろうそくを灯し、線香をつけ、りんや木魚を鳴らし、生花を活けます。それは目で清らかなものを見、耳で清らかな音を聞き、鼻で清らかな香りをかぐ、つまり私たちの感覚を清める働きがあるといいます。普段の生活の中で私たちは知らず知らずのうちに、良くないものを見たり、聞いたりして、感覚、そして心を汚してしまっていますが、せめて仏様の前にいるときは感覚を清めるようにしましょうとの意味があると以前聞きました。

 それと同じように、山歩きには感覚を清める働きがあります。他国では森が平地にあるところもあるようですが、日本では森イコール山です。森の中に入ると、木々の葉の隙間から木漏れ日がさしています。それは光の戯れのようで、葉が風に揺れるに伴って光も乱舞します。また山肌を流れる小川の流れる音、小鳥たちの鳴く声は私たちの耳にたえなる音を聞かせてくれます。森の中を通り過ぎる風は、暑い時分には心地よく、寒い時分には身体に突き刺さるようですが、共に皮膚を刺激してくれます。森の中ではフィトンチッドなどの香りの成分もたくさん発せられているようで、空気を吸うだけで新鮮な気分になってきます。

 このように山歩きは視覚、聴覚、触覚、嗅覚をリフレッシュしてくれます。家宅の火で焼かれた感覚をひと時休ませることができます。お弁当をもっていって山頂でいただくなら、味覚も楽しめます。もちろん山の中に落ちている木の実を食すこともできます。たとえばしいの実は甘く飽きのこない木の実です。

 根をつめて一日を過ごした後、家の前の庭で土いじりをするだけでも自分がどれほど疲れ、気分転換が必要かを理解することができます。そういうとき、せいぜい一月に一回か二月に一回くらいですが、近場の山に足を運びます。そうやって数時間山の中を歩くことが大きな癒しになっています。坂道を歩くので、足がきつくなったり、汗をかいたりするのですが、それも含めて山歩きのよさを実感しています。

 最近インターネットで地元の本当にマイナーな、しかし登れないことのない山々を紹介するサイトを見つけました。今後時々時間を作ってそれらの山を徘徊してみるつもりでいます。