Lalito Morales
思春期には心も体も大きく変化します。体のことも大切ですが、心のことも大切です。大きく変化し揺らぐ心の支えを思春期の子どもたちは必要としているのではないかと思うのですが、多くの人は何に心の支えを求めているのでしょうか? 性に目覚めると、人によっては体の快楽や人間関係を心の置き所とする人もいるでしょう。肉体の欲求や人間関係への配慮も大切ではありますが、それらは移り変わる心の支えとはならないように思います。もっと不動のものを心の拠り所にしなければ、心はいつまでも不安定なままで居続けるような気がします。
私が若いときは、普遍的な哲学を求めていたように思います。しかし西洋の哲学は思考の産物であることがほとんどで、心の支えとなることはありませんでした。それが後に霊性へと関心が向かい、真の自信そして信仰を育むことにつながっていきました。
神や仏を信じることのできる人は神や仏を心の支えとすることが一番です。ただし、神父さんやお坊さんに盲目的に従ってはなりません。本当に立派な人は限られていると思うからです。もし立派な親のもとに生まれたならば、親を頼って生きることもいいと思います。信仰心も親への信頼もなければ、最低限自信を育む必要があります。
心が不動のものの上に置かれたならば、心が逸脱することは滅多になくなります。
もし神や仏がいつも私たちを見守っていて、必要なものや導きをすべて与えてくださると信じ切れれば、それ以外に何も必要ありません。平安のうちに神を頼って一生を過ごすことができます。
思春期の子にも、そういう不動のものを支えとするように教えたいですし、同時に体を大切に扱うことも教えたいと思います。思春期を乗り越えて、しっかりとした大人に成長して欲しいと願っています。