愛に生きる

日常生活から少し離れて内省の時間にふと浮かんだ思いを記します。

経済成長

私はお金にあまり縁のないせいか、あるいは縁のないゆえにか、お金について考えることがあります。お金は人間にとって便利な道具だと割り切っています。お金はメディアだといいます。メディアとは人と人とを媒介するものです。お金が存在することにより、人と人との関係が影響を被ります。私たちのお金への態度によって、他者への影響力を行使することができますし、新しい社会をデザインすることも可能です。

私は経済に関しては素人であり、あまり大したことはわからないのですが、お金によって、人々がより幸せになることができると思うので、ささやかな思いを書いてみたいと思います。おかしなことを書いていたらお許しください。

世の中では経済成長についていろいろなことが言われています。経済成長は人々の経済活動の結果であって、人々が活発な経済活動を行っていれば、経済成長が果たされると思っています。大切なのは、人々が活動しているかどうかであって、経済成長そのものが至上目標なのではないように思います。経済成長は、資源が分配される前のパイの大きさを大きくするものだと聞いています。

戦後まもなく発表された本に「山びこ学校」(無着成恭著)があります。これは中学の社会科教師無着氏の生徒たちの作文集だと思うのですが、その中に親を亡くした生徒の作文があります。彼は、一生懸命働いても借金を返すことができないことに気づきます。借金を返すことができないのは、一生懸命働いていないからではなく、自分の家の土地が狭いからだということに気づきます。土地が狭いので働いても稼ぎに限度があるのです。そこで彼はほかの人から田を買おうかと考えますが、そうした場合、売った人が今度は自分や母のように不幸な目に遭わなければならないのではないかと心配になってきます。このような自分の考え方が間違っているのか、正しいのかしっかりと勉強したいと作文に書きます。

自分が得をすれば、他の人が損をするのではないかと思い遣る気持ちはすばらしいと思います。彼の思いは純粋で深刻だと思います。私はこれを読んで、彼のような人のために経済成長が必要なのかなと思いました。戦後工業化が進んだことにより、仕事が増えました。土地がない人でも生活できるようになりました。

望むすべての人が交換の輪の中に入ることができればいいと思います。さまざまな価値を創造し、それを互いに交換することができれば、楽しいと思います。そのような交換の輪を広げるような工夫が必要だと思います。体力や気力に劣る老人や障害者、その他の人々たちもが参加できるものがいいと思います。

お年寄りや障害を持つ方と話をすると学ぶことが多いのですが、例えば、そのような方々に話を聞かせてもらうことに価値を与える社会が実現すれば、交換の輪が広がります。今は、お金を払って年配の方や障害を持つ方の話を聞こうとはしませんが、社会はそのようにも変わりうると思います。

福祉の基本は労働だといいます。もしすべての人に仕事があれば、年金や福祉の予算はずっと減らせるといいます。すべての価値をお金を媒介として交換しなくてもいいのですが、望む人がお金を通じた媒介の輪に参加できるようにすることは、結果として経済成長を意味していると思います。

日本から目を海外に広げた時、何億という人々が貧困のうちに暮らしています。世界がひとつにならなければならないと思います。経済的側面においても望む人皆が交換の輪の中に入ることができればいいと思います。現在の世界経済のあり方は、その点いびつなのだと思います。

おまけ)"We cannot build our own future without helping others to build theirs."-Bill Clinton
「他者が彼らの未来を建設するのを助けることなしに、私たちは私たちの未来を建設することはできません」(ビル・クリントン