リーダーシップについて2023

私はリーダーシップには関心はありませんでした。私は内向的な人間で、人前に出て活動するよりはどちらかというと裏方の方が性にあっている人間だからです。リーダーシップについて少しは学びましたが、それも消極的にでしかありません。しかしながら、ある程度年をとって世の中を見回すに、今の日本においてリーダーシップがほとんど何も理解されてないような気がして仕方なく、今回少しばかりリーダーシップについて書いてみることにしました。

 

リーダーシップに関しては『Sai Baba's Mahavakya on Leadership』という評判高い本があり、私はこの本を買い込んでいるのですが、まだ読んでいません。他に私が参考にしているのは、『サイの理想』という本の第10章「リーダーとして」という箇所です。その中から一つ言葉を取り上げて論じてみます。

 

"Be Do See Tell"です。上の本の中ではこれを「ふさわしくありなさい、行動で示しなさい、状況を見なさい、言いなさい」と日本語で示しています。このBe Do See Tellに関してはこのブログで「心の4つの使い方」として1度取り上げたことがありますが、それ以来約7年が経っており、新たな私なりの解釈を再度施しています。

 

Beはふさわしくあるということですが、人に信頼されてこそのリーダーだと思います。また自分で自分を信頼できなければ、自らが迷うことになり、他の人を導くことはできないでしょう。なので少なくとも信頼されるにふさわしくあることはリーダーシップの前提条件となります。ならばそのふさわしい状態とは何かということです。まずは心が落ち着いて平安でなければなりません。対処しなければならない事態に対してきちんと向き合うことができなければなりません。コミニュケーションが適切であるためには他者への共感が必要です。これらのことを鑑みれば、Beとは、例えば瞑想などの日々の霊性修行(サーダナ)によって心身のバランスがとれている状態、清らかな状態といえるように思います。朝起きたり、外出する時に身だしなみを整えますが、それに似て日常的に心身の状態へのケアが行き届いていることがBeといえると思います。

 

次にDoです。どの領域であっても自分の関わる仕事についての知識が備わっていて、その領域において適切な仕事ができなければなりません。自分がよく知らずできないことに関して人を導くことができるかというと、大いに疑問があります。ある程度は実務に通じていなければなりません。私は霊性の領域に関心がありますが、霊性の領域におけるDoといえば、ほぼ義務の遂行につきます。どのような立場におかれていても、その役割に固有の義務はあります。それを誠実に果たす必要があります。世の中ではplan do see checkということがいわれますが、日本人はdoが欠けているきらいがあります。plan do do do do do seeくらいでちょうどいいのではないでしょうか。

 

次はSeeです。見るということです。Doというのは世界に対するコミットメント(干渉)ですから、Doの後に世界が変化をこうむっているかもしれません。変化が起きているかいないか、起きているならどのような変化が起きているかを、バイアスなしに見ることができれば好ましいでしょう。Seeをより霊的に述べるならば、ただ眼で見るだけでなく、心(ハート)を世界に開いて全身で世界を感じることも大切だと思います。私と世界は一つで、心(ハート)を世界に対して開いたならば、世界と世界の変化を自らの存在で感じることができます。感応といってもいいこの作業がSeeです。

 

最後にTellです。世界を眼で見れば、あるいは心を開いて全身でその変化を感じれば、自らの内面に動きが生じます。痛みを伴う場合もあるでしょうが、これらはある種の精神的化学変化です。時間をおけばその変化が何らかの形を最終的にとるでしょうし、あるいは少しばかり長期間変化が継続するかもしれません。どちらにしろ自らの内面で起こっていること、それがmindの領域であれheartの領域であれ、起こっていることに基づく適切な表現をなすことがTellです。Doにおいて変化を起こし、Seeにおいて変化を取り込み、Tellにおいてその変化を評価します。

 

リーダーシップとは、人あるいは状況をある方向に導くことです。それは変化を起こすことでもあります。個別の人が自分の思う通りの行動をしていなくても、自分とチームのメンバーと状況が全体的に望む方向へと変化していたならば、それはリーダーシップが機能しているといえるように思います。このような変化をもたらすことに関して、Be Do See Tellは効果のあるマントラでしょう。私は普段リーダーシップを意識してはいませんが、例えばブログを書いたりツイッターでツイートをする際に、以上のプロセスを踏んでいるようなところはあります。人を導かないとしても、人の心に届く言葉を紡ぐのにも、このプロセスは大切だと思います。