愛に生きる

日常生活から少し離れて内省の時間にふと浮かんだ思いを記します。

世界観を育む

 

世界観、歴史観、自然観。何でもそうですが、こういうものは大切です。人間にとって世界や歴史や自然というものは最初は曖昧で素朴なものです。人生を重ねていく中で熟考、考察を繰り返し、少しずつ世界とはこういうもの、歴史はこういうもの、自然はこういうものというものの見方(観)が形成されます。意識してそうしなければ歳をとっても曖昧なままでしょう。先週は金剛心について語る中で「一つであること」を取り上げました。観念としては一つであって、しかしそれが具体的にどういうものであるか人によって多少異なるのは当然です。一つの白い画用紙があって、それは一つなのですが、そこに描かれる人間の姿はさまざまです。大切なのは一つであることがずっと保たれていることです。

 

日本語でいうところの世界観を英語で何というのか知りませんが、今はuniversal outlookと表現しておきます。世界を概観する地図のようなものでもあり、これからの行く末を示唆する要素を含んだ言葉です。地球は一つですが、私たちは地球儀や世界地図でその絵を思い浮かべることが多いはずです。また地理的条件を考慮して未来を考察することもあります。universalという言葉は、世界だけでなく宇宙や自然という意味も含んでいるでしょう。私たちが今生息しているこの世に関する見取り図です。この世に関することですから、あの世との関係も考慮されてしかるべきです。私はこの世に関する見取り図(universal outlook)は各人が少しずつ育むべきもので、それもすべてが一つであることを念頭に置いておくのが非常に好ましいと思っています。かつては宗教がこの世界観を提示してきたのですが、現代では天国や浄土などは単なる観念だと受け取っている人が多く、それを自然に信じることができる人はそれでもちろんいいのですが、納得がいかない人は納得がいくような見解を欲するでしょう。かつてはこの天国や浄土との対比でこの世の生活に文脈が与えられてきました。現代もいくつかの文化圏ではそれが現実だと思います。

 

ちなみに私の世界観の大雑把なところを述べておきます。私はインドのユガ思想を信じることができて、これは現代日本では末法という言葉にその片鱗があるのですが、何千年か何万年かごとに世界が荒れたり平穏になったりするという思想です。今は末法あるいはカリユガ(闘争の時代)です。そして末法のあとには黄金時代がやってくるとされます。いつやってくるのかの受け取り方はさまざまでしょうが、私は21世紀の今は末法が折り返し地点を過ぎたところでこれから何千年か後に世界はまったき黄金時代になると受け取っています。オカルトっぽくもあり、スピリチュアルっぽくはありますが、インドにはそれなりの文献の裏付けはあります。

 

世界があってそれにどう対処するかは、結局のところ自らの世界観を通じてです。リアルなものとしての世界の前では私たちはたたずむしかないのですが、想像的なものとしての世界観が私たちが世界にコミットしたり、貢献することを可能にしてくれます。世界が信頼できると思っている人と、世界が信頼できないと思っている人とでは世界に対する態度は異なりますが、人が世界をどう思おうと世界はリアルなものとしてそこに存在しています。そしておそらくは世界は私たちの世界に対する態度に忠実に反応します。また私たちの世界観が変わるということが世界が変わるということの内実でもあります。

 

日本人が無宗教であるということの実態は、日本人が世界観をもっていないということです。日本人は世界はこういうものであるという他文化に影響されにくいそういう世界観をもっていません。今日本にあるのはアメリカを通しての世界観や新興宗教、カルト宗教を通しての世界観です。日本に世界観が欠けていると認識している一部の人たちは、自ら地道にそれを育むべきところを、他文化やカルトのものの見方を借り物としてそのまま受け入れています。世界観は日本はこういう国だという日本観ではありません。世界の他の国々、宇宙、自然、あの世も含めたものであり、近視眼的に日本のことだけを考えても今の時代はそれが世界観だと主張することは非常に困難です。

 

私はグローカルが大切だと思うのです。グローバリズムは国境を無視して地球を1つとして考える態度ですが、私は国境が必要だと考えるインターナショナリストです。さらに地域(ローカル)で生きて活動していく上で、それが世界(グローバル)の中でどういう意味をもつのか日本人は考えるべきだと思っています。たとえば商売をする際にも、地方の一中小企業であっても、市場を国内だけでなく国外に求めて企業活動をするのがいいと思っています。あるいは日本の里山は日本では無視されていますが、世界的に見えれば人間社会と自然がうまく調和したある種理想に近い環境なわけで、そういう視点で里山を見ることが大切に思います。NTTはグローカルに焦点を当てた企業経営を目指しているところがありますが、つまりはそういうのが大切です。

 

日本は今まで通りでいいと思っている人はたくさんいるでしょう。しかし本来国とは世界に貢献するためにあるのであって、世界観の欠如は国の存在意義にかかわるものです。政治においても本来は世界観を共有する人たちが集まってそれぞれの政党を作るのがいいと思います。世界の人口が増加し、日本の人口が減少し、日本の世界における存在感が低下していくのは仕方ないことですが、しかしその中で生き残っていくためには、一人でも多くの日本人が適切な世界観を育んでいかなくてはならない、というのが私の考えです。