愛に生きる

日常生活から少し離れて内省の時間にふと浮かんだ思いを記します。

河合隼雄氏

 

私は若い頃、そう30歳すぎくらいまではかなり本を読んでいました。当時はインターネットで本を買うことはなく、図書館で借りることも少なく、書店に足を運んでおもしろい本はないかと探しながら数時間過ごすことが結構ありました。私は一冊本を読んでおもしろかった場合、同じ著者の本を手当り次第読むことがありました。また本の後ろにある参考文献から次に読む本を探すこともありました。同じ著者の本を読むことが多かったので、特定の著者のことはまあまあ知っていても、同時代の他の著者のことは全く知らないという状況でした。そして私がその著作を多く読んだ一人に河合隼雄氏がいます。

 

河合隼雄氏は臨床心理学者です。河合氏は何百冊も本を書かれているのではないかと思いますので、そのすべてを読んだわけではないのですが、それでもかなり読んだと思います。心のことに関心があり、他に著作のたくさんある精神科医や心理学者がいたにもかかわらず彼の本を特に読むことになったのは、多分彼が学生時代に数学を学んでいたためであろうと思います。私自身が数学を学んでいたので、なんとなく親近感を覚えていました。たくさん本を読んだのですが、お気に入りの本はほとんどありません。特定の著書が好きというよりは、いろいろ読んでいてたまに強く心に訴えかける文句に出会うのですが、それを楽しみに読んでいました。私は彼が有能な心理療法家であるがゆえに、つまり心の問題を抱えている人を支えるのが上手であるがゆえに尊敬していましたが、しかし彼の日本文化論や物語論にはほとんど関心をもちませんでした。

 

とはいっても彼は日本を代表する心理学者の一人であったことは間違いないように思います。彼はたまたまユング派の心理療法家となりましたが、ユングを日本に紹介した第一人者であったのではないでしょうか? 今日本に臨床心理士という資格があるようですが、この資格の普及に努力された方でもあります。私は一読者として河合氏を語ることしかできませんが、専門の心理療法家や心理学者たちは河合氏を全く別の視点から語ることができるでしょう。彼のことを知る若い一般の人はかつてより少なくなっていると思いますが、もし彼を紹介するならどの本がいいだろうかと、最近彼の本を手にとってみました。今日はその一冊を紹介します。

 

『「日本人」という病』という本です。この本は1999年に刊行された彼の講演記録です。彼は1928年に生まれ2007年に80歳を待たずに亡くなりましたが、最晩年とはいわずともそれに近い時期の彼の考えが記されています。第1章 日本人を生きる 第2章 性を生きる 第3章 自分を生きる 第4章 死を生きる の4章からなります。私がこの本でおもしろかったのは第1章と第4章ですが、読む人によっておもしろいと感じる箇所は異なることと思います。彼の著書はもったいぶるというか、私には要点がつかみにくい記述が多いのですが、この講演記録は比較的内容がコンパクトに詰まった印象を受けます。

 

第1章 日本人を生きる から少し言葉を引用してみましょう。以下の引用がこの講演記録の題名になっています。
「ところで自分を振り返って、自分の病気はいったいなんだろうと考えました。ユングの場合は統合失調症で、フロイトの場合はノイローゼと診断されるかもしれませんが、私の病名はなんなのか。日本で臨床心理の経験を積んでいくうちに、それがわかりました。私の病名は「日本人」なのです。日本人であるということは、すごい病気です。これは、私にとっては、という意味です。みなさんにとって、そうでないかもしれません。病原菌と同じで、いくら病原菌が入っても、病気にならない人もいますし、病気になる人もいますが、私は「日本人」というヤツが、とうとう病気になって発症したわけです。」(p24~25)
ユングフロイトも創造的な人でしたが、彼らは統合失調症、ノイローゼを克服することで創造性が増したと評価されることがあるようです。河合氏も心理療法家として優れていたと思いますが、彼に創造性をもたらした病は、彼自身によると「日本人」というものだったようです。何のことかと思われる人がいるかも知れませんが、私には妙に理解できるところがあります。日本人であることは何かの病を抱えているに等しいような気になることがあったからです。簡単にいえば、日本人は抑圧の度合いが比較的強くて、さらにことさらいろいろなことを考える民族で、存在が重苦しいのです。河合氏は2000年頃の日本社会を重度のうつ状態だと評していましたが、そんな感じです。今の日本社会もその傾向があるように思います。日本のリーダー層は欧米特にアメリカに頭が上がらなくて、その分日本の国民を無意識的にでも抑圧しているからではないかと私なんかは素人ながらに思うのです。ペリーの来航以前の日本人は今ほど果たして抑圧、抑うつ的だったのだろうかと疑っています。

 

彼の『「日本人」という病』という本は、彼が生まれて亡くなる間近まで、夏目漱石と同じように日本において日本人として生きることに正面から取り組んだ、その貴重な記録の一つといっていいでしょう。私の若い頃は、河合氏や他の日本人たちの歩みと重なる部分があります。そういう意味で、河合氏の本には、部分的ではありますが、私の過去の一部が含まれているような気がしてなりません。もちろん今はわずかばかりではありますが、当時より少しばかり歩を進めてきたのではないかと思っていますが。

 

河合氏の本には、過去を生きた日本人の精神の一部ではありますが、その貴重な記録が残されているがゆえに、今日紹介した次第です。