愛に生きる

日常生活から少し離れて内省の時間にふと浮かんだ思いを記します。

神の知性

 

このブログで新型コロナウィルスのことについて書いたことがあるか記憶がないのですが、今日は新型コロナウィルスについて少しばかり書いてみます。物語とは距離を取りたいとこのブログで触れたことがあるのですが、今回は少し物語を語るようなところがあります。

 

新型コロナウィルスが世界に広がって1年半が経ちますが、私の今現在の新型コロナウィルスの印象を一言で述べれば「神の知性」です。このウィルスの出どころとしては自然発生説と武漢の研究所発説があり、自然発生と人工的合成とでは受けるニュアンスが違うかもしれませんが、どちらにしろ世界でのこのウィルスの振る舞いを見ていると、私は神の知性のようなものを感じます。特に欧米やインドなどを中心に死者がたくさんでており、またこのウィルスによって生じたさまざまな制約により困窮した人々が山ほどいることを考えれば、あまり気儘勝手はことはいえないのですが、一つの捉え方として読んでいただけたらと思います。

 

まず死者はたくさん出ているのですが、それでもSars、Mers、エボラウィルスよりは致死率は低いようです。そして感染しやすいということ、そして感染しても無症状の人が多いということです。単なる風邪やインフルエンザとも特徴が異なり、今までにない感染対策が世界的に求められています。私は個人的には宮沢孝幸先生の100分の1作戦に従って感染対策をしています。100分の1作戦とは、新型コロナウイルスを感染しない量(約1/100)まで減らして、感染力をなくす作戦のことです。主な対策は手洗い、手で顔に触れない、換気です。詳しいことは検索すればいろいろ出てくるでしょう。完全に感染を防ぐことはできず、しかし適切な対応でそれほどの手間をかけず感染確率を減らすことができるところが気に入っています。何でもそうですが、完璧を期するようになると極度にしんどくなりますから。そして私はゼロコロナ派ではなくウィズコロナ派です。少なくとも今後何年間あるいは十年以上はそうせざるを得ない状況だと理解しています。ゼロコロナ派ではないので、政府に求めることは医療崩壊が起こらないように医療体制を整備してもらうことです。経済活動の制約は最小限にしていただきたいと思っています。非常事態宣言と感染拡大防止とはあまり関係がないという知見には妥当性があると受け取っています。ワクチンは必要で特に高齢者や肥満、持病のある人は打つほうがいいのではないかと思っていますが、若い人に関してはよくわかりません。ワクチンは特に重症化予防に効果がありますが、今の時点ではどのくらいの期間効くのかわかりません。今回の新型コロナウィルスだけでなく他のコロナウィルスへの影響も考慮した上でワクチンの適否を見極めなければ、人間を取り巻く生態系へもしかしたら影響を及ぼすのではないかとの指摘があり、私は専門家ではないのでそのあたりの評価はできないものの、ワクチンを打ちたくない人の気持ちは十分に尊重したほうがいいと思います。

 

ギリシャ神話にスフィンクスの謎かけというのがあるようです。スフィンクスは通行人に「朝は4本足、昼は2本足、夜になると3本足になるものとは何か」という質問を投げかけていたようです。答えは人間(赤ん坊は4本足、大人は2本足なのですが、老年になると杖を含め3本足)なのですが、質問に正しく答えることができない人を容赦なく襲ったようです。私には新型コロナウィルスもどこかしらこれに似た神の謎かけに思えます。適切な対応をすればそれほど大きな影響を受けることなく、しかし不適切な対応をすれば混乱をもたらすところがあります。新型コロナウィルスのあり様は本当に独特です。新型コロナウィルスは人間一人一人の心を映し出す鏡のようなもので、非常に恐ろしいものに見える人がいたり、それほどでない人もいたり、対応に苦労しない人もいたり、どう対応すればいいかわからない人もいたりとさまざまです。日本人の多くは不安を感じているところがあります。私自身は仮に感染した場合他者に排除されるのは嫌だなという思いがあったり、感染して重症化した場合呼吸困難は苦しそうだなという不安はありはするのですが、メディアで見る範囲では他の人ほど恐れはひどくありません。

 

東京オリンピックが開催されています。いろいろ問題はありますが、少なくない方々の力に支えられて開催されており、また特に関東圏に住んでいる方々の払われている犠牲は決して無視できないのですが、何とか曲がりなりにも一つの形になっています。今回は東京オリンピックに向けて世界が一つの問題意識を共有しましたが、これは今後の世界を暗示しています。新型コロナウィルスの感染が収まるにしろ長期化するにしろ、さまざまな地球規模の課題に対して人類の知性が試されています。新型コロナウィルスという「神の知性」とあたかも囲碁や将棋、チェスで対戦するように、人類の知性でそれに向き合っています。東京オリンピックでの経験は必ず今後の役に立つものと思います。地球規模の課題は全人類の知性を結集しなければ解決できないものばかりですから。新型コロナウィルスは私たちの知性を鍛えているといえます。