愛に生きる

日常生活から少し離れて内省の時間にふと浮かんだ思いを記します。

ゆっくり着実に

私の霊性の師であるサティヤサイババは、人生の戦いに勝つための秘訣は「ゆっくり着実に(slow and steady)」であるといっています。

 

人生の戦いに勝つというのがどういうことかというのが一つの問題です。それは社会における強者になるということでしょうか? 例えば億万長者となり快適な生活を送ったり、権力者となって他者を思うように動かしたりすることでしょうか? あるいは、理想や志に生きてそれを実現することでしょうか? 人生の戦いに勝ったかどうかは、結局のところ、人生が終わりに近づいたときに自分である程度わかることだと思うのですが、人生が終わりに近づいたときに欠かせないのは心の平安や幸福です。富に囲まれていたり、権力を保持していたとしても、晩年を何かに怯えながら過ごしているとしたら、その人は決して人生の戦いに勝利したとはいえないはずです。

 

私は中年ですので、平均寿命まで生きるとしたらあと30年は人生がありますし、まだ戦いの半ばといったところです。私は幼い頃から「戦っている」という感触はずっともっています。具体的に誰かと決闘をするとか、競い合うということではなく、自分が置かれている状況の中でもがいていて、それを克服するために奮闘しているという感じです。若い頃に比べると、奮闘してきたかいがあってそれなりの満足はありますが、今だ戦いが終わったという感じはありません。

 

「ゆっくり着実に(slow and steady)」は仕事に対する心構えを示しているようです。人は何かなさなければならない仕事があるのでしょう。それが必ずしも世間で価値があるとされていなくとも、それをなすことが自分に課せられた義務であるかのような仕事です。私個人のことをいえば、例えば親を見送ることは決して外すことのできない人生の仕事です。私が生まれてきた目的の4分の3くらいのウェートを占めているといってもいいくらいです。小さな仕事でしたら、日々のルーチンに組み込まれた仕事があります。
 
なすべき仕事を自覚しているならば、目の前に置かれた仕事はある種の挑戦状を叩きつけられているようなものです。きちんとなすことができるかどうかが勝敗の分かれ目です。それをきちんと果たすこと、それが小さな勝利ともいえるもので、その積み重ねがあって何十年間にわたる人生の総括が行われます。仕事を満足に果たすための秘訣、それが「ゆっくり着実に(slow and steady)」です。
 
あたかも小さな宝石をいくつかかき集めるかのようなものかもしれません。そのへんの石ころではなく真に価値ある宝石。
 
著名投資家のバフェット氏は、若者にアドバイスをして、人が一生に買うべき株の銘柄は20に満たないというようなことをいっています。真に価値のある会社は極めて少ないということです。その宝石を見極めることができたがゆえに、彼は兆を越える財産を築くことができました。
 
一見どこに価値があるのかわかりにくくもある人生において、あたかも海の中に真珠を探し求めるかのように、人は価値あるものを探し出し、それを人生において実現しなくてはなりません。それぞれの人が人生においてなすべき仕事は実はそう多くなく、しかしなさなければならないものは確実に成し遂げる。世間の雑音を気にせずに、死ぬまで歩み続けなくてはなりません。おそらくそれでいいのです。ゆっくりであることに焦らず、着実に。