愛に生きる

日常生活から少し離れて内省の時間にふと浮かんだ思いを記します。

生活の発見

最近は婚活や就活、終活という言葉をよく耳にします。就職先を見つけるのに一生懸命になっている人、結婚相手を見つけるのに一生懸命になっている人たちがたくさんいます。一昔前にはこれらの言葉はありませんでしたが、そのかわりずっと昔から日本には生活という言葉がありました。私たちは生きることに一生懸命でしたし、今も多くの人が一生懸命日々生きていると思います。

ツイッターをのぞいていて、おもしろい言葉に出会いました。
「人生は一冊の書物に似ている。 馬鹿者たちはそれをパラパラとめくっているが、 賢い人間はそれを念入りに読む。 なぜなら、彼はただ一度しかそれを読むことが出来ないのを知っているから。」

私は、どちらかといえば、日々の生活をしっかりと読み込むようにしています。人生は芝居のようなものだと思っています。いつも顔を合わせるのはほとんど同じ人たちなのですが、体調や気分、社会状況の変化などによって、日々のドラマに微妙な綾(あや)が生じます。そしてそれを楽しんでいます。それは小説や映画よりもずっとおもしろいものです。私は娯楽に時間を過ごすことは少ないのですが、娯楽よりも生活の方が楽しいからかもしれません。

ちょっとしたものを自分で作ることがあります。家庭菜園で野菜を作ったり、他国のお菓子のレシピを探して作ったり、毛糸の靴下を作ったりします。些細なことですが、生活に彩(いろど)りがでます。食事もできるだけ家でとるようにしています。このようなことが許されている私はとても恵まれていると思います。

人生は思いかげないことがしばしば起こり、急転直下で状況が変わります。私は未来のことを予測することができません。多分明日も今日と同じような役割を演じるだろうとは思っているのですが、事態が変わるときはたちまち変わってしまいます。ですから一日一日を大切にするようにしています。

現代人は忙しく、それは仕方のない面もあるかなと思います。洗濯機、冷蔵庫、掃除機などは人々に時間と気持ちの余裕を与えるために作られたはずなのですが、つらい労働から解放されても、なぜか余裕のない人もいるようです。しかし、たった一度のこの人生、多分皆にすばらしいドラマが与えられているはずです。そして、ちょっとしたところに人生の豊かさ、生活の楽しさが隠されているのだと思います。