愛に生きる

日常生活から少し離れて内省の時間にふと浮かんだ思いを記します。

巨人たちの肩

 万有引力の法則を発見したニュートンに次のような名言があります。
 「私が遠くまで見ることができたのは、巨人たちの肩に乗っていたからです」(If I have seen further it is by standing on the shoulders of Giants.)

 現代人にとって最もポピュラーな科学者はもしかしたらアインシュタインかも知れませんが、科学者の実績としては私はニュートンの方を買っています。なぜならば、アインシュタイン相対性理論量子力学を作り上げるのに用いた数学は彼以前にすでにありましたが、ニュートン万有引力の法則をまとめ上げる数学を自分自身で生み出したからです。言葉を変えれば物理学者としてアインシュタインニュートンは肩を並べますが、ニュートンは数学史にも名を残す巨人だったからです。科学者としての実績は別として、アインシュタイン人間性について深い洞察を重ねることのできた英知の人であったので(ニュートンも劣っているとはいえません)、両方とも尊敬しています。

 さて、ニュートンの言葉です。彼は偉大な結論を導き出しました。それを自分自身の手柄だとうぬぼれることなく、多くの先人たちがなしえた業績を踏まえてのものであったと、謙虚さをもって語っています。これは彼の人柄の一端をしのばせるに十分ですが、また世界における真理でもあります。

 たとえば現代日本に生きる私たちは、インターネットを利用することができます。車を運転したり、何十階建てものビルで仕事をしたり生活することもできます。これらはすべて先人たちの努力や技術の積み重ねの上に初めて可能なことです。私は学問の世界では人が見えないものを見ることはできませんでしたが、普段の生活においては、祖父母たちの経験できなかったこと、見えなかったものを経験し、見ています。私も巨人たちの肩の上に今あります。

 経済活動は現在、インターネット、高速輸送機を前提として営まれています。イノベーションとしばしばいわれるものがこれらを可能にしてきました。アイデアは天才的な人がもたらしたのかもしれませんが、何万、何十万あるいはそれ以上の人々の見えない努力によって築き上げられたものです。

 インドのヴェーダに「プルシャスークタム」というものがあります。これはプルシャすなわち神人(あるいは巨人のような存在)が犠牲を払ったおかげでこの世界ができあがったということを述べた太古のマントラです。私は、このマントラに述べられていることが実際に目の前で展開されているのを見ている気がします。付け加えておきますと、世界はプルシャが分離したように見えても、しかしながら本質的・実質的に世界を含め私たちが一つであり続けているということをこのマントラは示しています。世界に見える多様性の背後には過去においても現在においても未来においても、一体性・唯一性(一つであるという性質)しかありません。

 ニュートンの言葉に触れて、現在も神話の時代が継続しているのを感じます。

 ニュートンは彼の仕事を神に捧げました。彼の他の言葉をいくつかあげておきます。
・もし私が価値ある発見をしたのであれば、それは才能ではなく忍耐強く注意を払っていたことによるものだ。
・私は、海岸で遊んでいる子どものようなもの。ときに、なめらかな小石を見つけたり、きれいな貝を見つけたりして、はしゃいでいる存在に過ぎない。目の前には手も触れられていない真理の大海原が横たわっているというのに…。
・人間は間違ったことを想像することもあるが、理解できるのは真実のみである。