愛に生きる

日常生活から少し離れて内省の時間にふと浮かんだ思いを記します。

子育てに関して思うこと

 私には自分の子はいませんので、子育ての怖さのようなものをあまり知りません。自分の育て方一つで子どもの人生が大きく左右されるとなると、責任は重大です。すくすくとまっすぐに育ってくれれば親はホッと一息つけるのかもしれませんが、間違った育て方をして人格がゆがんでしまえば、それは取り返しのつかない失敗として親は受け取るものなのでしょうか?

 親が愛に満ちているかそうでないか、子は的確に見抜くと聞きます。親が愛に満ちていないと知っていても、親を愛さなくてはいけない子は自分を偽ることがあるかもしれません。

 子育てというものはすべての親にとって手探りしながらのものでしょう。何が最善かわからなくても、自分のやり方で、手塩にかけて育てます。多くの場合、愛があるならば、子は遅かれ早かれしっかりとした人間に育つことでしょうが、子が成人するまでの20年前後、親の苦労も言葉であらわすことができません。

 子育ては彫刻に似ていると聞いたことがあります。不要なものを削り取っていくことで人間ができあがるのでしょうが、一歩間違えば、子の個性を殺して親は子を自分の思い通りにしてしまいます。実際そういうケースはたくさんありそうです。

 思うに、子育てが彫刻にたとえられるのは、子の成長を阻害している癖や悪い習慣などを削り取ることによって、子の内にある自ら育つ力を引き出すことにあるように思いのですが、これが容易にできたら苦労はいりません。

 子は親の力だけで十分に育つわけでないような気もしています。学校の教育力もどれほどのものなのかよくわかりません。地域社会も含めて未来を担う世代を育てる必要があるのでしょうが…。

 親(あるいは周囲の大人)のもつ最善を注ぎ込むこと、許す限り手をとることを厭わずに育てること。他に何かあるでしょうか?