愛に生きる

日常生活から少し離れて内省の時間にふと浮かんだ思いを記します。

霊の力、魂の力

人間にはさまざまな力が備わっています。肉体の力、知能の力、感覚の力(見る力など)、言葉の力、魂の力などです。この他にも科学技術を発達させ、電気の力や火の力、水の力などを活用しています。

魂の力、霊の力について触れたいと思います。ここで霊の力というのは、霊能者のように霊が見えるとか、霊と交信できるとか、そういう超常的な能力のことではありません。誰もが備え、活用することのできる力です。

霊性とは何ももたないことです。例えば手にハンカチを握りしめて何時間も過ごすことは大変です。それにたいして霊性とはハンカチを手放して手を空にすることです。それだけで私たちはずいぶん楽になります。何ももっていませんが、それは人間の霊にとってバランスのとれた状態です。

私たちはどのような霊の力、魂の力をもっているでしょうか?
ここでは3つのPを取り上げます。一つはPurity(純粋さ)、次にPatience(忍耐)、最後にPerseverance(根気強さ、やり抜くこと)です。これらは魂、霊の力の良い例だと思います。

純粋さは力です。イエスブッダガンジーマザーテレサなどに代表されるような、世界を啓発してきた方々は、皆純粋です。心が美しいため、愛がふんだんに溢れ、その愛自体が人々に強い感銘を与えてきました。悪人は彼らのように名を後世に残すことなく、忘れ去られます。人々の心に強い印象を残したのは彼らの純粋さゆえです。親の子を思う心も、他の人間関係に比べれば純粋です。子を育てるのは親の愛です。この争いの世の中において世界が崩壊しない理由は、子を思う母親の祈りの力だと聞いたことがあります。子を思う親の気持ちが人を守っているといいます。

忍耐は男らしいです。困難に出会った時、弱音を吐くよりも、じっと耐えている姿は男らしくあります。困難や苦痛に耐えることなく、それらに打ち負かされていたら、私たちはわずかばかりも人間らしくあることはできないのではないでしょうか。ダイヤモンドが削られることで光を増すように、鉄が熱い火に熱せされ打たれて加工され、有用なものになるように、困難や苦痛に耐えて、人間性が輝きを増してきます。苦労が多くても、自分の与えられた役割を忍耐強く果たします。忍耐の力は目には見えませんが、確かに人間を支えるものです。忍耐の力で人は困難や苦難をやり過ごすことができます。

根気強さ、堅忍不抜もこのような力の一つです。人生において何か仕事を残す人は、一度願ったこと、心に抱いたことを最後までやり抜きます。小さな仕事は、何十分、何時間、何日で終わるかもしれませんが、大きな仕事は何年、何十年とかかります。そのあいだ、さまざまな変化にさらされながら価値ある仕事をやり遂げることは、やはり魂、霊の力です。自信や信念とも関わってきます。

純粋さも、忍耐も、根気強さも、肉体や知能の力ではありません。運動すれば肉体の力が発達するように、頭を使えば知能も活性化するように、純粋さや忍耐、根気強さも、人生の生活の場で地道に培えば、それは次第に大きなものとなります。肉体や頭脳を適切に用いることが健康につながるように、三つのPもじっくりと育むことで「霊的な健康=喜び、至福」をもたらすと思います。