愛に生きる

日常生活から少し離れて内省の時間にふと浮かんだ思いを記します。

ミツバチが花の蜜で養われるように

「子どもが母乳で育てられ、ミツバチが花の蜜で養われるように、人は自然の恵みを享受しなければなりません。」

今住んでいるところは周囲を山や畑で囲まれています。あまり車も通りません。昼間聞こえてくるのは風の音だけです。夜も静かです。耳をすませば遠くで電車が走る音や高速道路を走る車の音が聞こえてきます。梅雨時はカエルの鳴き声が、初秋は虫の音が響き渡ります。近くの川ではその季節になると少しですがホタルも飛んでいます。

このような自然環境で過ごす私は恵まれていると思います。大学時代に大都会で暮らしていたこともありますが、4年間で大都会へのあこがれは消えてなくなりました。年をとると静かなところの方が過ごしやすいです。

私は学生時代に理系の学科を専攻していました。科学技術の発展が自然環境に悪い影響をもたらしていることに疑問を持っていました。科学哲学や科学史等に関する本を手にとって読み、現代文明について考えていました。そのころ考えていたことは今でもうまく語れないのですが、人間と自然との関係は本来どうあることが適切なのかということに悩んでいたのだと思います。

あるひとつのお話があります。「あるところに毎日金の卵を産むアヒルがいたそうです。そのアヒルの所有者はアヒルのおかげで金持ちになりました。しかしふとこの男は欲をふくらませました。毎日1個ずつの卵ではなく、アヒルのお腹にある卵を一度に取り出そうとしたのです。男はアヒルを殺しました。しかしそこには大量の金などなく、アヒルが死んでしまったことによりその男は以後金を手に入れることができなくなりました。」

人間が自然の恵みを強奪する姿は、このアヒルを殺した男のようです。自然は私たちに必要なものをもたらしてくれているのですが、私たちはそれ以上のものを求めます。遺伝子組み換え作物が大量に作られ、DNAを組み替えて早く成長するようにしたミュータントフィッシュと呼ばれる魚が養殖されています。牛などの畜産もすごいことになっていると聞きますが、なぜこのようなことをする人がいるのか、正直に言うとよくわかりません。nature(本性)に反していると思うのですが・・・。

冒頭に掲げましたが、ミツバチが花の蜜を楽しむように、人間は自然の恵みを享受していいのですが、それは必要なだけ、与えられただけに限るべきだと思います。 

自然の話からはそれますが、私はインターネットの世界に関しても同じようなスタンスでいます。必要な時に料理のレシピを調べたり、少し遠出をするときに交通機関を調べたりするときなどに情報を集めています。マスコミが流す情報だけに頼りたくないので、インターネット上で情報をチェックしていますが、それ以外の不要なことにはかかわらないようにし、必要なことだけにインターネットを活用するようにしています。