愛に生きる

日常生活から少し離れて内省の時間にふと浮かんだ思いを記します。

健康4

 このブログを始めて5年が経ちました。先のことはあまり考えずにはじめたブログでしたけれども、読んでくださる方がいるため、これまで何とか続けてくることができました。ありがとうございます。心より感謝いたします。
 近頃ではSNSといえばフェイスブックツイッター、LINEなどが中心のようで、ブログは巷間の話題にのぼることが以前より減ってきた気がします。今ではブログはちょっとした井戸端会議、気楽でゆっくりできる機会を提供する場になったような感じがしています。PVを稼ぐのを目的としたブログが林立するよりも、今の状況のほうが好ましく思えます。

 さて最近ネットで次のようなものを見つけました。
 「末期の病から奇跡的に回復した人々の4つの共通点。1.自分の体は、自分を超えた何か神聖な知性が司っているという信念。2.病気と健康の元は、自分の思考であることの理解。3.これまでの自分とは、全く異なった自分に生まれ変わる努力。4.瞑想の経験(ジョー・ディスペンザ博士)」(吉田直樹

 私もこれまで聞くことはあったのですが、病と思考は密接な関係があるようです。精神的な病だけでなく、肉体的な病においても、思考が原因であるといわれています。病とは思考の癖が肉体に反映したもの。そのことを理解するのは簡単ではありませんが、私も間違いないのではないかと思っています。思考は何らかの思い込みが前提となっています。ですので、単に思考をチェックするだけでなく、人生であたりまえだと思っている思い込みを改めて振り返ってみることも重要です。(かなり難しいですが一つの参考文献がこちら

 また自分の体は自分で好きなように使っていいと考えるのでなく、自分を超えたものが司っている。それは英知や神といってもいいと思うのですが、そういうものに対して肉体を明け渡す姿勢も必要でしょう。

 思考の癖が理解できたら心(思考)を入れ替えて、これまでとは違ったように生きてみる。私の場合は、年を取って考えるのが面倒になってきたので、思考を可能な限り減らして、特別な計らいなしに生きるように心がけています。何度もこのブログに書いていますが、おまかせする生き方です。

 瞑想は思考を落ち着かせる最も安全な方法ではないかと思います。思考に原因があるとして、それを変えるのは並大抵ではありません。瞑想を習慣にして少しずつ、あたかも小さい男の子を手なずけるように心をコントロールするのがいい方法でしょう。自分で心(頭、思考)をコントロールしていない人は、誰か他の人に心(頭、思考)をコントロールされます。それで病が回復することはないでしょう、社会に不要な想念が満ち溢れているような状況で。

 瞑想については以前も書きましたが、光明瞑想(こちら)がお勧めです。

 自分自身が病を身に受けているので、他の人に大きなことはいえませんが、今健康な方がこれからもずっと健康でいられるようにと思っています。そして病を抱えている方が少しでも回復することも願っています。