愛に生きる

日常生活から少し離れて内省の時間にふと浮かんだ思いを記します。

感覚と心の歪み

ゆっくりとする時間が欠かせません。静かな時間の中で心を落ち着かせなければ、人生の味わいや平安を感じることができません。もちろん多くの方と人生を分かち合い、共に仕事をすることも大きな喜びなのですが、沈黙のうちに憩うことを好みます。

チャンドラマー・マナソー・ジャーヤタ(プルシャ<神>の心から月が生まれた)-ヴェーダの一節

占星術でも言われるようですが、月と心は関係が深いようです。心(マインド)は内界において月のように静かに輝いています。心は酔っ払った猿のように騒がしいこともありますが、バランスを保っているときはあたかも満月のように静かに存在しています。

私たちはメディアの影響にさらされています。テレビにはさまざまな番組があります。新聞を読む人は減ったらしいのですが、そこには一日で読むことのできないほどの内容があります。そして現在はインターネットにも莫大な情報があります。以前テレビ関係者の人が、「メディアはどのようにでも視聴者を洗脳することができる」と言っていたそうです。これは決して誇張ではなく、本当にメディアは力を持っています。

ニュースをテレビやインターネット、新聞で見ていると、特定の話題が繰り返し繰り返し登場します。内容によってはそれに意識がひかれて、ついいろいろな感情や意見をもってしまいます。そしてニュースから離れても、しばらくのあいだ、そのことが頭から離れません。心(マインド)がニュースに影響されて、ある種の反応を示してしまいます。

人によっては、そのような刺激に浸ることに何らかの「充実感」を感じるのかもしれません。絶えずニュースに接し、心(マインド)を興奮状態にさせることに抵抗を感じない人もいそうです。特定の主義・主張を持った人はそういう状態を好むのかもしれません。感覚(メディアの情報)によって心が歪んでいるのだと思います。

私にはあまりよくない習慣があって、コーヒーを1日に何杯も飲んでいます。味覚を通じた刺激にも人間は大きな影響を受けます。体の維持のみを考えれば、水を飲んでいれば、喉の渇きは癒されるはずです。しかし、ついつい味のついたものを飲んでしまいます。私の心はコーヒーの刺激に影響を受けています。

人間にはストレスがあるのが普通だ、と言っていた人がいます。確かに日常的にストレスにさらされます。あまりにもストレスにさらされているので、ストレスのない状態に違和感を感じているのでしょうか。しかし、人間にとっては、ストレスのない状態が本来の自然な状態です。

自分の心が歪んでいるかどうかを調べるには、瞑想や神仏の御名の憶念が役立ちます。目をつむって静かに座るだけで、心(マインド)の動きがわかります。集中して御名を唱えることができているときは心(マインド)がバランスを保っていますが、心があちこちにさまよいだしているときは御名に集中できません。このような行は皆、自分の目の前に鏡を置く作業です。

似たような心の歪みを持っている人同士はお互いを理解しやすいのだと思います。誰かがある政治家を支持するときも、多分精神構造が似ているので共感があるのだと思います。

私の知っている人生の達人は、「心温かきは万能なり」との言葉を残していますが、 心が満月のように静かであたたかな光を放っているとき、私たちはどのような状況にも適切に対応できるように思います。執着を離れ、想念という雲に覆われていない心(マインド)。私たちはとても有用な道具を授かっています。

*"Do not let the behavior of others destroy your inner peace." -Dalai Lama
 「他の人の振る舞いによって、あなたの内面の平安が壊されないようにしなさい。」(ダライ・ラマ