愛に生きる

日常生活から少し離れて内省の時間にふと浮かんだ思いを記します。

JOY(喜び)を得るには

定期購読している冊子に次のように書いていました。
「もしあなたが人生でJOY(喜び)を得たければ、Jesus(神)を第一に、Others(他のこと)を二番目に、Yourself(あなた自身)を最後にしなさい」

人間にとって、神は親のようなものであり、幼子が親と調和しているときに喜びを得るように、人間は神と調和しているときに自然な喜びを得ます。これは、すべての幼児を観察していればわかることです。次に人は、その喜びを他者と分かち合おうとします。他者とともに調和の内に生きることは喜びをもたらします。そしてふと気付いたときに、自分のことに心を配ればそれもささやかな満足を与えてくれます。人間にとって、喜びとはこのようなものだと思います。このような人生を歩んでいる人にとっては、それはとても当たり前のことです。

少なくない数の人がこれとは逆に、まず自分のことを考え、次に世の中のことを考え、最後に神のことを考えます。これでは、何も喜びはもたらされません。お金を稼いで豊かになろうとしても、日本人はそう大きな喜びを得ないでこの半世紀を過ごしてきました。世の中のことを考える人はいますが、多分少数派なのではないでしょうか。神のことを考える人は、時に奇特な人とみなされます。

神を信じない人は悪い人ではなく、ただ神から離れたところにいるだけだと言います。神は慈悲深く、あらゆる必要を満たしてくれます。神を信じる人というのは、神の近くにいる人のことで、その存在が本当に自然なのです。

私は現在でも日本は素晴らしい国だと思いますが、ちょっとした欠点があります。それはそこに住んでいる人が幸せでないことです。なかには幸せであることに何か引け目を感じている人もいるのではないかと思うことすらあります。日本人の多くはまじめで、真剣に道を求める人があちこちにいるのですが、あまりに真剣なので、幸せではありません。人間にとっては悲しんでいることが異常な状態であって、幸せであることが自然な状態です。少なくない人が、不自然な生活を送っています。

日本には多くの問題がありますが、それらにかかわらず皆に幸せでいてほしいと思います。