愛に生きる

日常生活から少し離れて内省の時間にふと浮かんだ思いを記します。

人生の目的

西洋の人の中には人間の一面を人間存在の全体と考える人もいますが(たとえば、人間は政治的存在であるとか、功利的存在であるとか、性的存在であるとか・・・)、それに対してインド人は人間について大変バランスの取れた見方をする人たちです。

人生にも目的があります。若いころには私もなぜ生きるのかというような重たいことを考えたりしたことがありました。それについて書かれた本も見つからず、人生の目的についてはっきりと教えてくれる人もいなかったので、大変苦労しました。しかし、インドの古典を見ると、そこには人生の目的が次のように書かれていました。

「ダルマ(正しい行い、正義)、アルタ(富)、カーマ(欲)、モクシャ(解脱、束縛からの解放)の四つが人生の目的です」

ダルマとは、例えば、夫なら夫としての役割を果たすこと、妻なら妻としての役割を果たすこと、父親、母親、子、兄弟などのそれぞれの役割を果たすこと。職業や仕事に従事しているなら、その職業や仕事を正しく行うこと。地域の一員としての義務を果たすこと。このようなことです。

アルタとは、富、お金のことです。生活に必要な富を獲得したりお金を稼ぐこと、これも人生の目的の一つです。

カーマとは人間に備わった自然な欲のことです。食欲、睡眠欲、性欲、安全の欲求などの欲求を満たすことも、人生の目的の一つと考えられています。

モクシャとは、インドでは解脱、束縛・苦悩からの解放の意味ですが、広くすべての宗教が目的として示すところのものと理解してもいいように思います。神や宗教など信じないという人も含め、誰もが束縛からの解放への不思議な欲求を持っていると思います。
言われてみればインド人たちが考えている人生の目的はとても自然なことです。家庭を営んだり、仕事に携わったり、欲求を満たしたり、宗教生活を送ることです。

私の師はこの四つを「正しい方法(ダルマ)で富(アルタ)を獲得すること」、「解脱(モクシャ)への欲望(カーマ)をもつこと」の二つにまとめることもできますと言われました。さらにこの言葉を変えて、人間が携わらなくてはならないことは、「奉仕(受け取る収入にふさわしい仕事をすることも奉仕です。家事も奉仕です。社会奉仕ももちろん奉仕です。)」と「神への愛(人生の目的地として神や絶対者を常に念頭においておくこと)」とも言われました。究極的には、人生の目的とは、「神への愛をもって人生を奉仕に捧げること」ということができるのかもしれません。