愛に生きる

日常生活から少し離れて内省の時間にふと浮かんだ思いを記します。

マントラ

今日は分かりにくい言葉「マントラ」について書きたいと思います。マントラサンスクリット語で「それを瞑想する人を救うもの」というような意味があるようです。日本語では真言と訳されることもあります。もともとはインドのヴェーダ聖典の詩句のことを意味しています。
私がマントラの力について思いをはせるようになったのはつい最近のことです。たとえばヴェーダ聖典には「サッティヤムヴァダ、ダルマムチャラ」(真実を話し、ダルマを行いなさい)という語句があり、これがマントラの一例です。私はマントラについて学ぶ機会があったのですが、それについて深く理解していたわけではありませんでした。しかし、最近、霊性に深い理解のあるあるアメリカ人のお話をユーチューブで見る機会があり、マントラの力に思い至ったのです。

そのアメリカ人はこう言っています。「現代文明は人々が4つのマントラすなわち'金、地位、名声、セックス'を瞑想した結果できあがったものです」つまり、現代に生きる人々は、お金を稼ぐにはどうすればいいか、お金はなぜ素晴らしいか、地位を獲得するにはどうすればいいか、地位をどのように利用すればいいか、名声を勝ち得るにはどうすればよいか、私こそ名声を与えられるにふさわしい人間である、私はセックスを楽しむ人間である、セックスの相手をどうやって見つければよいか、…このようなことを延々と時間をかけて瞑想し、熟考し、その結果が目に見える現代社会としてあらわれているのですと言っているのです。

私はこれを聞いて思いました。私が何の気なしに学んできたマントラにはこのような力があったのだと。マントラはただ口にして唱えるだけでなく、その意味を熟考すれば、これだけの力があるのだと。

人にはそれぞれ愛する神や仏の御名があります。その御名の内にある神や仏の属性を瞑想することによって、私たちはその神仏の力を手にすることができるでしょう。あるいは、自らの宗教の聖典に書かれている成句を時間をかけてゆっくり熟考し瞑想すれば、その宗教が私たちに与えてくれる恵みを授かることができるでしょう。私はこのことに思い至ったのです。

思えばことばとは不思議なものです。人間は物心ついたときから自らの母語を自然に話しています。ことばは単なる音にしかすぎません。しかし、その音が人を勇気付けたり、人の心をずたずたに引き裂くこともできます。ことばには原爆に匹敵する力があるともいわれます。人が一つひとつの言葉に込めるさまざまな思いや概念は一つのエネルギーですが、ことばという音を通じて私たちはそのエネルギーを人とやり取りしているのだと思います。愛を込めて話せば、愛のエネルギーが相手に伝わるでしょうし、憎悪を込めれば、相手に非常な苦痛を与えることもできます。

ことばを見れば、その人がどのような仲間と交わっているのかを想像することもできます。たとえば政治家は主義主張にかかわらず、似たようなことばを使っています。ビジネスマンも時に彼らにしか理解できないような言葉を使っています。学者も彼らにしか分からない専門用語を使うことはしばしばです。普通の人間にしても、話してみればその人がどのような関心を持つ人であり、どのような人とかかわりを持って生きてきたのかがなんとなくわかるような気がします。ヨーロッパの哲学者に、「階級とは言葉である」と言っていた人がいたそうです。天皇皇后両陛下の人格が卓越していらっしゃることもその言葉遣いで容易にうかがい知ることができます。