All for One, One for All

 

私はそうたくさんではないと思うのですが、日々何らかのものを読んでいます。スマホのニュースであったり、ときに新聞を読んでいたり、関心のあることを扱った新書であったり、仏教に関するものであったり、サイ文献(サイババに関する文献)であったりです。量からいえば読むサイ文献の量は特別多いわけではありません。しかしこのブログではサイ文献にある文章を元にした記事が多くあります。それはサイ文献はほんの少し読むだけでインスピレーションが得られるからです。というわけで、今日もサイ文献を読んでいて目にした言葉をもとに書いてみたいと思います。

 

「唯一者の中に存在する多様性が、社会の本質です。万人は一人のために、一人は万人のために(All for One, One for All)。この言葉は、事実というよりも、スローガンになってしまいました。それを事実として認識すると、それが大自然の仕組みなのであって、物事のあるべき姿であり、それはまた進歩した文化を表すものであることがわかります。」(『セヴァ 真のボランティア』 p50~51 )

 

私はAll are One.(すべては一つです。)  Only One exists.(唯一者のみが存在する。) All for One, One for All.(万人は一人のために、一人は万人のために。)の3つはどれもマントラといっていいものだと思っています。この3つはどれもその意味を考えながら口に唱えたり憶念していると、さまざまなインスピレーションを与えてくれると思います。一つの捉え方だけでなく、いくつもいくつもはっとさせる気づきが得られます。今日は特にAll for One, One for All.について考えてみたいと思います。

 

この言葉がいつからあって、誰の言葉かは調べていないのでわかりませんが、私を含め少なくない日本人はこの言葉を耳にしたことがあるでしょう。その意味も上に引用した文章にあるように、「万人は一人のために、一人は万人のために。」と受け止められています。ただマントラというのはどのような切り口から意味を捉えようとしても素晴らしい見解を与えてくれますので、今日は少しばかり私なりに考えてみます。

 

普通の解釈ではAll for One, One for All.というとき、Allはすべての人のことで、Oneは一人の人間のことです。特定の場に限ればすべての人がたった一人の人のために尽くすこともあるでしょうが、80億の人間が同時に特定の一人の人に関心を寄せることはほぼないですし、さらには尽くすこともありません。All for Oneはすべての人はそれぞれが誰か特定の人に(ある時点で)尽くす、と理解できそうです。複数の人が同じある特定の人に尽くしても構いません。たとえば私はこれを読んでいる方に、尽くしているといっていいかはわかりませんが、何かを語りかけているわけです。One for All.は、今いったことに矛盾しているかもしれませんが、一人の人間はすべて(All)を視野に入れて行動をします。たとえば私は誰が読んでいるかわからない不特定多数のためにこれを書いているわけです。誰が読んでもいいように書いています。家族の一人が病気になったら他の家族は皆その人のために尽くすでしょうし、しかし会社で仕事をしているときは、社会の不特定多数を念頭に入れて働いているでしょう。置かれている状況によって、All for Oneであったり、One for Allであったりします。

 

さて、別の解釈もできます。Oneを超越者、唯一者、神と受け取り、Allを人間その他と受け取った場合です。All for Oneはすべての人は神のために生きる、すべての行為を神への捧げ物として生きると理解し、One for Allは唯一者である神はすべての人、世界のために働きかけると理解できます。神=創造者とすべてのもの=被造物との相互関係です。唯一者はこの私個人のために働いてくださっていないかもしれませんが、世界全体に働きかけそれによって私の安寧を図ってくださっているのかもしれません。

 

サイババによれば、All for One, One for All.は社会の本質であり、大自然の仕組みだそうです。社会に関しては私はこれまで考えたことがありますが、大自然の仕組みをこのように受け止めたことはありませんでした。ほとんど生態系に関する本や自然観に関する本を読んだり、それらについて人の意見を聞いたことがないのですが、自然の仕組みをこのような視点から見るとどのようなものが見えてくるのか興味はあります。

 

先にも書きましたが、私はAll for One, One for All.はマントラだと思いますので、この言葉に関してもっといろいろな受け取りがあろうかと思います。私も今後はときにこのマントラを口にしながら、いろいろ思索するつもりでいます。