愛に生きる

日常生活から少し離れて内省の時間にふと浮かんだ思いを記します。

御名と御教え

 

誠に勝手ながら、今年のブログは12月13日と20日で終わりにしたいと思います。20日は今年一年の目標を振り返りたいので、13日の今日が実質的に最後の記事となります。

 

人生は旅にたとえられます。生まれて何年か経って何故かこの世にいることに気づき、そこから意識的な人生が始まります。人生の終わりは死でこれはすべての人にやってきます。すべての人にやってくるわけですので、この世は最終的な居場所でないのかもしれません。死んだあとどこに行くのかはよくわかりません。この世の生の最初と最後に関係することが不明で、途中だけがあります。人生は旅です。

 

私たちは旅に出るとき、多くの人はどこに行くかをまず決めると思います。京都に旅行しに行こう、ハワイに行こう、県内のあの温泉地に行こうなどです。行き先が決まらなければ、どのように旅行を楽しむかもなかなか決まりません。たとえば京都に行く場合、神社仏閣を楽しんだり、博物館・美術館を楽しんだり、四条河原町あたりのお店巡りをしたいなどと思います。あるいは今の私ですと私は山歩きをするので、京都トレイルを楽しみたいという計画をたてることもできます。逆に遠方の人が今私の住んでいるところに旅行に来ようとすれば、やはり歴史の地を尋ねたり、自然の美しい景色を楽しんだり、地域の美味しいものを楽しんだりいろいろできるわけです。サイクリングやハイキングも楽しめます。その土地ごとに特徴があって、楽しみ方もさまざまです。

 

それに似て、人生という旅を考える際、実質的に旅とは霊性の旅、魂の遍歴のことをいっているわけで、そこでまず重要になってくるのは御名です。イエスブッダアッラー、タオ、アマテラス、サイババなどなどです。現代日本には無神論者が多いとされますが、実際のところ自分の好みをよくよく吟味すれば自分にあった御名は見つかるものではないかと思っています。ある御名に関心をもったならば、次はそれをどのように楽しもうかということになります。そこで必要になるのがガイドブックです。御教えと聖典がそのガイドブックにあたります。細かいところまで案内が書かれた御名もありますし、大雑把な観光ガイドのようなものもあります。主な世界宗教は宗祖の言葉だけでなく、弟子たちによる山のような注釈があり、それらすべてにあたることは困難といえます。

 

旅に出たならば楽しかった思い出で終えたいものです。それと同じように人生の旅も多くの困難があるでしょうが、この世を去る際には至福、喜びで満たされていたいものです。

 

旅にはバックパッカーのような旅もあれば、定期観光バスのような旅もあります。人の好みはそれぞれでしょう。どのような旅をするかはガイドブック(聖典、御教え)を参考にして決めればいいと思います。それぞれの土地にはそれぞれの楽しみ方があり、普通の旅行でしたら、1年に数か所観光地を訪れることができるのかもしれませんが、人生の旅においては一箇所(1つの御名)を楽しむのでさえ十分に時間が足りない可能性があります。一つの教訓を得るために10年、20年という年月がかかることはしばしばあります。一箇所で少しばかりの喜びが得られないからといって他所へ行けば、やはりそこでも喜びが得られないままです。旅慣れた人にはわかりますが、どの観光地でもそれなりに楽しみが得られるように、どの御名でも喜びは得られるものです。

 

私は御名を勧めることはしますが、御教えを伝えること(布教)に積極的な関心はありません。あそこに行けばいろいろ楽しめる(喜びが得られる)よとはいいますが、そこでどうするかはその人の自主性、傾向などによってさまざまだろうからです。ガイドブックはあるよとは一応伝えますけれども。

 

私たちはたまたま日本に生まれてきました。アフリカやヨーロッパ、アメリカなどにしばしば旅行する人は少しはいますが、多くの日本人は日本で長い時間生活します。そして日本でさまざまな苦楽を経験します。日本に生まれた私たち日本人にとっては日本を経験することが大切です。アフリカの奥地を楽しむのが目的だったならばその地に生まれていた可能性が高いと思います。「日本」という地名には山のような意味が含まれています。同じように、いえそれ以上に神仏の御名には多くの意味が含まれています。旅慣れた人はそれらを楽しむことができます。

 

先週のテーマですが、御名を伝えるということには以上のような意味があります。ガイドブック(御教え)はあるよと伝えていいけれども、ガイドブックの内容を事細かに説明したがる(布教)のは多少なりとも野暮ではないかと思うのです。私のブログを読んでくださる方が自分にふさわしい御名に出会っていることを願っていますし、さらにはその御名を楽しんでいることも願っています。まだ出会っていない人がいれば、自分の好みの御名をじっくり探されるか、あるいは家の宗教を調べてみるか、あるいはそれでもどれがいいのかわからない人がいれば、私の好みですがサイババをおすすめしたいと思います。皆様がふさわしい御名を一生の伴侶としますように。