愛に生きる

日常生活から少し離れて内省の時間にふと浮かんだ思いを記します。

霊的学習の方法

 

私はこのブログで霊性に関する事柄を取り上げています。広く宗教や哲学を含めた場合、そういうものにあまり馴染みのない人にとってはどういうふうにそれらを学習していけばいいのかわからないこともあるでしょう。学習の方法はいくつかあるのでしょうが、今日は私が馴染んでいる方法を紹介します。

 

私はもう30年近く霊性に関して学び続けているので少しばかりは蓄積があり、その蓄積をもとにある程度自己学習ができます。自分で霊的文献、宗教文献を読んで理解できるようになると、それが自己流であったとしても楽しいものです。他の分野にはない独特のおもしろさがあります。そういうおもしろさを体験したことのある人は、学習を継続していくことでより学びを深めることができるでしょう。しかし一人で学ぶのが少し苦手な人や、一人で学ぶための基礎を固める必要のある人は、グループ学習が役に立ちます。

 

グループ学習の方法について私が知っていることを書いておきましょう。参考文献として『スタディーサークルガイド』を挙げておきます。私は一つしか方法を知りませんが、この本にはいろいろな手法が書かれています。

 

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本の学校で学んできた人には、物事には一つの正解があると思いこんでいる人が多いでしょう。しかし霊的な場では正解は人の数だけあります。つまり霊性に関することはその人の人生と不可分であって、人の人生が他人の人生と異なるがゆえに自分なりの回答を得るように努めなければならないということです。ところが、正解は一つだという刷り込みがあまりにも強すぎるので、霊性に関することに関して思考の迷宮に入り込んでしまう人が多くいます。自分が正しいことをいっているつもりで人にやたら説教をする人がいますが、そういう人もある種同じ病にかかっていることが多いものです。霊性は自分の人生に関係することで、人それぞれ人生は異なるのですから自分の納得を大切にすべきだと、私は思うわけです。少なくとも私はそうしてきて、今の自分があります。

 

あるトピックに関する文章があるとします。まずはそれを読みます。何がトピックでありそのトピックに関して何が述べられているかを理解します。そしてそれが自分の人生とどう関わりがあるかを考えます。5分でも10分でもある程度思考が整理されるまで考えます。場合によっては、いくら考えても理解できないことがあるでしょうが、それはそれで構いません。まずはわからないということも含めて、ある程度思考が整理されるまで考えます。そしてある程度そのトピックに関する自分なりの見解がまとまれば、それが第1段階です。一人で学習している際は一旦ここで終わります。

 

グループで学習している際、それが数人であったり、10人程度であったり、あるいは100人を超える人数の場合もあります。10人程度以下ならば、コーディネーターのもとに、各人がそのトピックに関する自身の見解を述べていきます。10人人がいれば見解は本当にさまざまです。これだけといえばこれだけなのですが、しかしながらこれだけではうまくいかないことが多く、ここでコーディネーターの役割が重要になります。各人が自分の見解を述べている際、コーディネーターは一人ひとりが述べるその見解を注意して聞きます。それがそこにいる参加者皆にとって十分にわかりやすければ何もしなくてもいいのですが、もし聞く人によっては誤解が生じそうな場合は、適切な質問やコメントによって発言者の意図がそこにいる参加者に理解されるように努めます。こうすることで、各人の見解は本人だけでなく参加者全員に理解されます。これで十分です。参加者は、一つのトピックに対して多くの人がさまざまな見解を抱いていることを理解し、しかもその見解の内容自体も理解します。それによって、自らの見解に幅と深みが出てきます。他の人の意見が刺激になりはしますが、大切なのはあくまでも自身の見解です。これが第2段階です。付け加えておきますが、トピックによっては自身の見解をまとめることができない人がいて、そういう人がいた場合にコーディネーターは適切な質問やコメントによってその人が自らの見解を得るのを助けることはできます。

 

非常に人が多くて全員が見解を述べることができない場合にも学習はできます。前提として各人がトピックに関する見解をもっているのが好ましいのは変わりません。たとえば100人で勉強会をする場合、数人が代表して見解を述べたり、彼・彼女らが意見交換をするのを他の人が観察することで、一つのトピックに関して多面的な見解が存在することを理解し、それを通じて自らの見解を深めます。この場合もコーディネーターには代表して見解を述べる数人の人の意見がそこにいる多くの人に理解されるよう適切に関与することが求められます。

 

第3段階は自己学習あるいはグループ学習で得られた自らの見解を自身の人生、生活において実践することです。この実践がなければすべての学習は無意味なものとなります。時間の無駄です。食物は食べて初めて体に力を与えるように、霊性においては学びを実践して初めて生活の力となります。本当にゆっくりではありますが、人間性が向上し人生に深みと味わいが出てきます。

 

人生は生まれたときから始まっているのですから、幼いとき若いときは手法に工夫がいるとしても、霊的学習は若い頃から始めるべきです。私は幸いにも20代の半ばから学びを開始することができて、日本人としては恵まれていたと思います。今も日々学んでいます。私の場合は今一人で学んでいますが、人の書いたさまざまな体験談や霊的トピックに関する話を聞いたり読むことを通じて他者の見解に触れています。私はこのブログで毎週何らかのトピックについて触れていますが、このブログを読んでくださる方にとっては他人の見解に触れる機会になっていることと思います。大切なのは各人自身の人生です。自分なりの理解、見解が大切であって、それを人生に取り入れるきっかけになれば学習は学習の名に値したといえます。他の人の意見はあくまでも参考でいいのです。