愛に生きる

日常生活から少し離れて内省の時間にふと浮かんだ思いを記します。

脱俗への第2の道

 

このブログを見ていただければわかりますが、私は宗教的な側面が強いです。親からもかつてお坊さんになってはどうかといわれたことがあります。しかしながら、私は宗門に入ることに関心はなかったです。出家をしたいという思いを抱いたこともありません。正確には私は内向的なだけで宗教的というわけでは必ずしもないからです。ところで脱俗の道といえばこの出家を思い起こす人がいるでしょう。キリスト教でも修道院に入る人が日本でも少なからずいるようです。出家したり修道院に入ることを第1の脱俗の道と表現するならば、第2の脱俗の道というのもあるのではないかと思い、今日はそれについて書いてみたいと思います。

 

正確にいえば脱俗ではありません。しかし世俗から少しばかり離れる道ではあります。私は常々思っているのですが、霊性の道を歩むには都会よりも自然豊かな昔でいうところの村のほうがいいと思うのです。私は大都会で暮らしたことも、地方の都市部で暮らしたことも、農村地帯で暮らしたこともあります。生まれてから何十年も都会でしか生活をしたことのない人にはわからないかもしれませんが、霊性の向上には自然豊かな農村部のほうが適しているのは間違いないように思います。私は宗教やそれに類する団体にかかわる人々を少しばかり見てきましたが、私が人生で出会った最悪の人たちの半分くらいは宗教やそれに類する団体の人たちでした。一方農村地帯の普通の人たちは、タバコを吸ったりお酒を飲んだり、テレビを見る生活を送っていても、素朴といってもいいような人が多く、そういう農村の人たちと都会で一生懸命霊性の向上に向けて努力する人を比べると、それほど人間性に大差はないというのが50年近く生きてきたものの実感です。自然豊かな農村部で霊性向上の努力をするほうが、都会で努力をするよりも倍は進歩の度合いが早いのではないかと感じるほどです。ちなみに地方の都市部で生活してもそれほどは霊性向上が見込めません。

 

インドには林住期という言葉があります。概ね50歳から75歳位までで、50歳前後くらいまでに一通り家庭での務めを終えた人が、家庭のことを子どもに任して自分は人里離れたところで霊的なことを中心に暮らす時期のことです。完全に世俗と縁が切れたわけではありません。25歳から50歳くらいまでの家長期では家庭中心で生きていたのが、より広く社会のために生きる時期といったほうがわかりやすいでしょう。今の日本では50歳はおろか60歳、70歳、あるいはそれ以上になっても一生懸命働き続ける人がいて、状況によってはそれもいいのですが、一方もし区切りをつけることが可能であるならば、50歳を過ぎて適当な時に世俗から少し距離を取る人がいてもいいのではないかと思います。あくまでもその人の個性や傾向なのですが、静かに過ごすことを好む人はまあまあ多いはずです。先程述べたように自然豊かな農村部のほうが霊性の向上ははかどると思うので、この時期に農村地帯へ移り住む、それを第2の脱俗の道と表現したいのです。

 

農村部が必ずしも気楽なわけではありません。都会より人間関係がめんどくさいケースもあるでしょう。都会で過ごすほうが便利で快適です。そうであったとしても、霊性の向上のことを考えれば自然豊かな地での生活を選択肢に入れてみるのはおすすめです。カエルの鳴き声が一面響き渡っていたり、早朝野鳥の鳴き声で目を覚ましたり、虫の鳴き声に風流を感じてみたりの生活が延々と続きます。時間の使い方次第でおどろくほどの霊性の向上が図れます。

 

他者と交流を持って地域に関わることもできます。今は耕作放棄地が増え続けている状況ですから、場合によっては地域農業を維持する助けになるかもしれません。車で少し移動すれば買い物をしたり職やアルバイトを見つけることもできるでしょう。今はインターネットが普及していますから、必要なものを手に入れるのは簡単です。都会に比べてお金をかけずに生活できることにも気づくでしょう。地方の観光地や食をじっくり堪能する楽しみもあります。

 

親元に帰ることもできるでしょうし、親がすでに都会育ちであるならば、数代前の祖先の地に帰ることもできます。あるいは時に都会へ出てきたいからという理由で、大都会から100km以内のところに場所を探しても良さそうです。今の日本には選択の幅はたくさんあります。住居費用も、行政が補助してくれるところがあったり、あるいは一戸建てを買うにしても、地域によりますが、数百万円で築3~40年の100㎡の住居を買うことも可能です。その地で命を終えてもいいですし、死が近づいてきたと感じれば病院や介護制度の整った地に移り住むこともできます。私自身はいま農村部に住んでいます。人生何があるかわからないので先のことはわからないのですが、今のところから移り住む予定はありません。

 

第2の脱俗の道が認知されて、何万人かの人が農村部へ移ることがあるならば、農村のありようが変わる可能性はあります。農村で最も深刻なのは人がいない、あるいは減っていくことだからです。一つの有り得べき道として第2の脱俗の道があっていいと思います。