愛に生きる

日常生活から少し離れて内省の時間にふと浮かんだ思いを記します。

will(意志)について

 

wishとwillという言葉があります。wishは願望なり期待なりを意味し、心の気まぐれによって何かを望むことを意味します。willは意志のことです。wishは私にもなじみのあるものなのですが、willは私には理解できかねるところがあります。wishは心理的なものです。それも表層に近く存在に根ざす度合いが少ないものです。willはアートマ(真の自己)にまつわるものです。それは深層にあるもので存在そのものと切り離すことが難しいものです。しかしながらアートマ(真の自己)といっても、アートマには意志作用はないらしく、意志はアートマに沿った何かだとされます。

 

私は自分が何をしたいのか内省をすることがあります。自らの意志を確認する作業です。しかしながら、大概失敗に終わります。日々自分が何をしたいのかわからないまま、しかしそうであるにも関わらず、一日それほど時間を無駄にせずに過ごせています。それは意図しなくても、義務というのか本能というのかはたまた習慣によるのかよくわかりませんが、なすべきことが目の前にあってある種自動的に体が動いているからです。そこに行為の主体があればいいのでしょうが、そういうものがあるかどうかは怪しいものです。操り人形が人形師の手によって糸で操られるように体が移動しているとでもいえばいいのでしょうか。そして操り人形に主体はないでしょうし。

 

雨が降れば水は谷を下って平野に流れ込み、後に海へと注ぎます。標高の高いところから低いところへと流れていきます。雨水に主体はあるでしょうか?あるのかもしれませんが、科学的見方では物理法則に従って流れていると判断され、主体の存在を考慮しないでしょう。雨水が低いところに流れる現象は科学的に納得されます。肉体の動きについても似たところがあります。人間の体が動くことに関して現代では主体を認めていますが、実際のところそれがどれだけ確かなことなのかわかません。外界に関することに関しては自然科学の言葉で説明しますが、内界に関することは心理学の言葉で説明します。心理学では主体というものを想定するので、体が動くことに関してそこには主体があるといいます。

 

大地には起伏があって地形がさまざまです。それに沿って水が流れるに似て、実は内界にも地形があって、その内界の地形に沿って現れるアートマ(真の自己)の現れ具合が意志作用というものなのかもしれません。そしてそれは私たちの肉体の動きに反映します。私たちは内界の地形を認識するのが困難なので、何がしたいかという自らの意志も実のところなかなか理解できません。そして自らの意志を理解できないまま、内界に働く力に沿って体が動かされるにまかせています。

 

このうまく言語化しにくい意志に適切に順応できれば、つまり心がそれに従えば、人は苦を感じることは少なくなるでしょうし、自らの意志に抵抗すれば、それによって心のエネルギーを消耗し人生が停滞する可能性があります。実際のところ、川の流れを阻害するのが大きな岩などの障害物であるように、自らの意志に抵抗するのは心に巣食う悪徳(エゴ、執着、欲望、高慢などなどの汚れ)であるでしょうし、心にそれらがなければ、心は安らかでしかも人生は自らの意志のままに進むと思われます。

 

ところでwillは意志という意味の名詞であると同時に未来を表す助動詞でもあります。自らの心=内界の構造はそれがあるとしても認識し難いのですが、それが把握できさえすれば、それに従って運動する体と自らの未来がある程度予測できることになります。人は時に自らを突き動かす強烈な意志を自覚することがあるのでしょうが、多くの場合、自らの意志はそれに従って歩み始めた後で事後的に理解できる、つまり言語化できるように思います。人間が事前に未来を知ることができないのと同じです。

 

参考までにDhyanaVahiniという書籍から第5章の次の一節を取り上げておきましょう。
Some people use "wish" and "will" as if there was no difference between the two. This is very wrong. The wish is related to the tendencies(vasanas) embedded in the mind(manas). The will is related to the fundamental character of Atma. Wish means the craving to get something; will is the determination to acquire it.(人々はwishとwillを、この2つには違いがないかのように用います。これは大きな間違いです。wishは心に埋もれている傾向(ヴァサナ)に関係しています。willはアートマの根本的な特性に関係しています。wishは何かを得ようとする渇望を意味し、willはそれを獲得しようという決意のことです。)

 

今引用した一節の定義によれば、私は人生においてwill(意志)=何かを得ようという決意を固めた機会はwish(願望)に比べてそれほど多くはないつもりです。またアートマにはすべてに浸透するという特性があるので、内界の地形が意志に関係するという考察は多少の妥当性があるのではと思います。私のwillに関する勝手な考察とDhyanaVahiniの一節を読み比べれば、他にも何かを考えることができるでしょう。