愛に生きる

日常生活から少し離れて内省の時間にふと浮かんだ思いを記します。

平成を振り返って

 平成が今日で終わります。なじんだ元号が明日から過去のものになるのは、少し感慨深いです。昭和から平成に代わって以来、私は2度目の改元を経験しますが、日本人としてやはり大きな節目のようなものを感じています。

 昭和から平成に変わったのは1989年1月で、私が20歳になって1ヶ月も経ってないころでした。そして今回平成から令和に変わるのは2019年5月で、私が50歳になって数ヵ月後になります。20歳から50歳までの30年間、世間一般では人生で最も活力にあふれ充実していていい時期なのかもしれませんが、23歳になる前に大病を患い、私にとっては苦難の平成時代といっていいのかもしれません。その30年間の平成時代、やはりさまざまなことがありましたが、そう簡単にすべてを振り返ることはできません。しかし今思いつくことをいくつか書いておきたいと思います。

 20歳の頃、私は東京で学生時代を過ごしていました。大学2年の冬頃ですが、東京に来て街の雰囲気だけでなく人ともまだあまりなじめていませんでした。大学では体育会系のクラブに所属していて、そちらは何とか活動に参加していましたが、学業の方は授業になかなかついてゆけず、心のどこかに焦りがあったはずです。いつまで経っても垢抜けないと人にいわれたりすることもありました。また時はバブル時代でしたが、それほど裕福であったわけでなく、浮ついた雰囲気の中で一人孤独な時間を過ごすことの多い時期でした。

 私はその頃吉祥寺から少し離れたところに住んでいて、時間があるときはよく吉祥寺でぶらぶらしていました。今はほとんど行かないのですが、当時は時間があると書店に通っていて、何か心の飢えを満たしてくれる本はないか探していました。大学時代は、そのような書店めぐりによって、見知らぬ著者との対話を生きていた時代だったかもしれません。そんな中、バブル時代であったにもかかわらず、昭和天皇崩御の時期が近づくと、東京の町の雰囲気が少し重苦しく感じたのを記憶しています。今はもう詳しいことは忘れましたが、昭和から平成への改元のころに20歳の誓いのようなものを心に抱いていたと思います。当時読んだ『20歳の原点』(高野悦子)という本に影響されたのかもしれません。

 その後大学を卒業し、大学院に進学したのですが、その頃に大病を患ってしまいました。以後病との付き合いが今に至るまで続きます。仕事をしていても健康な人より疲れを余計に感じるので、毎日大変な日々を過ごしてきました。

 病を得たことも大きな転機だったのは間違いないのですが、それにならんで大きな出来事は人生の師にめぐり合えたことです。それは1993年頃だったと思いますので、以来約26年が経ちます。私の人生の半分は師の導きのもとにあります。病を得る前から真なるものを求める性向が私にはあり、それが病を得て困難が増したことにより、いっそう激しく人生の真理なるものを求めるようになりました。師に出会っても、人生が楽になるわけではなく、あたかも獅子が子をがけから突き落とすという小話に似たように、厳しい状況を15年近く生き抜いてきました。気持ちがわずかなりとも楽になってきたのは、40歳を過ぎた頃からでしょう。このブログでも触れたことがありますが、40歳=不惑の頃に思い悩むことが減り、ある程度世間との間で融通というか調整の効く人生を歩めるようになりました。このブログを始めたのが2011年でしたが、気が楽になって以降の私の思いの遍歴の記録がこのブログになります。

 平成の30年間、よく生き延びたものだと思います。困難の多い時期でした。困難が多いがゆえにそれに鍛えられ人間としての成長も多少はあったのですが、もし他の人が私と同じ苦労をしなければならないとしたならば、私はその人を気の毒に思い、同情してしまうことでしょう。今、気は楽ではあるのですが、振り返って思い起こされるのは苦労ばかりです。

 平成から令和に変わろうとする今、具体的なことは書きませんが、今自分の身の回りでもちょっとしたことが起こっています。これから先に2019年そして改元のころを思い起こす時に決して忘れないだろうことが。

 時代はめぐっていきます。50になり、ゆっくりとながらでも、まだこれからもしっかりとした足取りで歩んでいかなくてはなりません。次の改元を生きて経験できるかどうかはわかりませんが、新たな令和の時代が自分にとっても世の中にとってもより穏やかなものであることを願っています。平成には平和の平の字が入っています。令和には平和の和の字が入っています。これからも日本そして世界が平和な時代でありますように。