愛に生きる

日常生活から少し離れて内省の時間にふと浮かんだ思いを記します。

牛2

 ゴー ブラーンマネービャ シュバマストゥ ニッティヤム
(知識〔牛〕と知識の教師たちが常に健在でありますように。)


 これは平和を祈るマントラの一部です。ゴーは知識という意味があるようですが、私は牛をすぐに思い浮かべます。ブラーンマナはおそらくインドの僧侶階級ブラーミンのことだと思うのですが、僧侶階級でなくとも、地道に霊性の道を歩むことでその資質を身につけた人一般をもさしていると思います。私が目を通している資料(『ヴェーダテキスト1』)では「知識の教師たち」の語を当てています。


 このマントラを唱えていたときにふと思いついたのですが、ブラーミンつまり霊的知識が豊富で(おそらくは)アートマの知識さえも得た方々のようになりたければ、牛から多くを学ぶのがいいのではないか? 今日はこの取り留めのない思いつきに沿って書かせていただきます。またかつて書いた「牛1」のブログと内容が重なるところがだいぶあります。


 インドには四つの母(マータ)があるとされます。肉体の母、これは自分がそのお腹から出てきた母親のことです。次に牛(ゴーマータ)で、さらにはヴェーダヴェーダマータ)、大地(ブーマータ、自然)も人類を養う母とされます。世界中で母なる自然という言葉は聞かれますし、ヴェーダは霊的知識を育む経典を代表しています。牛は例えば牛乳やチーズ、バター、ヨーグルト、ギーなどの乳製品が人々に滋養を与え農耕の助けともなるからなのでしょう。


 牛にはいくつかの性質があります。グナ(純性、激性、鈍性)でいうとその見かけからわかるように純性の動物です。また牛は草食です。枯れ草などあまり価値がなさそうなものを食べます。しかしそのようなものを食べて牛乳のように滋養深く価値あるものを人々に提供します。牛乳は本来牛の子どものためのものですが、人間がそれをいただいても牛は黙って提供します。牛は犠牲も意味しています。農耕の際には田畑を鋤く助けをします。黙って肉体労働に携わります。重い荷物も運びます。牛の表情はいつも柔和です。微笑んでいるようで、また至福に満ちているような印象を受けます。インドの神話では牛はシヴァ神の乗り物です。4本の足は四つの価値、真理・ダルマ・平安・愛をあらわしていると聞いたことがあります。最近の科学の調査では、(読み過ごしたので出典は記憶していませんが)牛の生成する体内成分に人間の免疫(?)を助けるものがあるとか、あるいは牛の糞を家の壁に塗りこむと虫などが寄ってこず家の中の衛生が保てるなどの結果がわかったと聞きます。化学的にもさまざまに優れた特性をもっているようです。


 すべての動物は敬われてしかるべきでしょうが、しかし牛には特に優れた性質があることが古代からわかっていたがゆえにインド人は牛を崇拝してきたのでしょう。


 私の母は幼い頃に牛を飼っていた、と聞いたことがあります。私が生まれたあと(40年ほど前)でも、母の実家の近くには牛を飼っていた人がいました。大規模な工場のような施設で牛乳を生産していたのではなく、農家の人が牛を1匹あるいは数匹かって農耕に用いていたようです。もしかしたら乳もとっていたかもしれません。今では個人で牛を飼っている人は、私の周囲ではまったく見かけませんが、かつての農村では今よりなじみのある動物だったようです。犬や猫のペットからも多くを学べますが、昔の人は牛からも多くを学んできたことでしょう。


 リーダーになりたい人はガネーシャを崇めるのがいいといわれますが、もしかしたらブラーミンのようになりたい人は牛から多くを学べるのではないかと、最近思い至った次第です。