愛に生きる

日常生活から少し離れて内省の時間にふと浮かんだ思いを記します。

環境の変化は食物の変化

 特別大きな変化ではないのですが、今年の4月から少し生活リズムが変わり、今だに慣れないところがあります。生活の変化に合わせて変えるべきところは変えればいいのですが、人間は歳をとるとなかなか新しい習慣を身につけるのが難しいと聞きます。正確なことは覚えていませんが、20歳くらいなら新しい習慣を身につけるのに1年かそれ前後で十分らしいのですが、50歳にもなると、新たな習慣を身につけるのに4年ほどかかるらしいです。そして60歳を越えると何と8年もかかるらしく、これを考えれば、50歳60歳以上の人間は習慣によって生きているといっても過言ではありません。よほどの覚悟がなければ新たな習慣を取り入れることができません。

 食物といえば口で食べる物のことですが、広く五感(視覚、聴覚、味覚、嗅覚、触覚)を通して取り入れるものを食物ととらえれば、生活環境が変わるということは、取り入れる食物が変わるということです。見るもの、聞くものなどが変わってくるわけですから。

 人間というものは、長年自らの感覚を楽しませてきたものを手放すのが難しく、つまり環境が変わっても、今だに古くから楽しんできたものを求めるわけです。

 好きなものを食べるのではなく、食べなければならないものを好きになることが本当は大切なのでしょうが、それがなかなか難しく感じます。若いころには、歳をとって習慣を変えることがこれほど大変とは思わなかったです。

 しかし、生活環境が変わったならば、それにできるだけ適応するのは私のモットーでもあるので、時間をかけても何とか努力を重ねたいと思っています。

 幼年期には幼年期の環境があり、青年期には青年期の環境があり、中年期、老年期、そして死が近づいてくればまたそれにあった環境に置かれますが、一生は食物(五感を通じて取り入れるもの)との調整に注がれます。人間とは結局のところ食物に他ならないですし、私たちが食物を摂ると同じか、あるいはそれ以上に食物が私たちを支配します。食物とは奥深いものです。

 人生=食物をしっかり消化して、何らかの栄養=英知や知恵などがわずかでも得られたならば、それは喜ばしいことです。環境の変化を喜ばなければなりません。自分に欠けている栄養素を摂る貴重な機会かもしれませんから。