愛に生きる

日常生活から少し離れて内省の時間にふと浮かんだ思いを記します。

新年の抱負

 遅くなりましたが、新年おめでとうございます。このブログはまめに書いてきて、2週間間を空けることは多分なかったと思うのですが、2日はどうもゆっくりしたい気持ちがあってブログを休みました。そのためこれが2018年最初の記事です。

 今年の目標をどうしようかと考えたのですが、今年は次のことを心掛けて過ごすつもりにします。
 「自分の部屋に物を積み上げたなら、あなたはただ暗闇と埃を溜めているに過ぎません。ただ命を支え、健康を維持するに足るだけを持ちなさい。自分の能力に見合うまでに欲望を限定し、それからそれでもなお持続する喜びを与えてくれるものだけを持ちなさい。」

 この5~6年というか10年というか、できるだけ持ち物をシンプルにしようとしてきてはいる一方、思うほど効果が出ていない気もしています。おそらくは私の所有物は同世代の人たちに比べれば少ないはず。しかし何年も使わないものがその中にまああって、必需品は自分が思っているよりもまだ少ないのではないかという気持ちがあります。物が減らないのは買うからですが、買う量を減らすことができないというのはつまりは欲望が節制できていないということです。必要なものしか買っていないつもりですが、あとで振り返ってみれば多少の無駄があるのも事実。バガヴァッドギータによれば、欲望は執着から生じるとあり、欲望を減らすにはさまざまな物や人あるいは生活スタイルに対する執着を減らす必要があるのかなと最近思っています。

 上に取り上げた言葉の中には二つの指針があります。
1. ただ命を支え、健康を維持するに足るだけを持ちなさい
2. 自分の能力に見合うまでに欲望を限定し、それからそれでもなお持続する喜びを与えてくれるものだけを持ちなさい
 この両方を意識したいです。

 命を支え、健康を維持するに足るだけ。これはごくごくわずかだと聞きます。食べるもの、水、衣服、それにプラスαです。食べること一つとっても、必要な栄養を取るのにおいしい物を探してあちこちでかけなくても良いわけです。味付けも普通で十分で凝った調味料を試さなくても。水もそう。飲むものとしては水だけでもいいはず。コーヒーやお茶などなくても。こう考えれば少しわびしくなってきますが、実際にどこまで余分な部分を減らすかは別として、命を支え健康を維持するのに必要なものはわずかであるということをより実感できる一年であればと思うのです。

 自分の能力に見合うまでに欲望を限定し・・・。私は今年50歳になります。人生の残り時間や自分の能力を考えれば、あれもやりたいこれもやりたいと手を伸ばす必要がそれほどないことは理解しています。冷静に自分の能力を見極めれば今後どれくらいのことができるかは大体はわかるもの。自分が興味のある領域もわかります。それらに力を注ぎ、深めていく。そういう生き方へ大きく舵を切る時期なのかもしれません。

 この一年にどれだけの実践ができるかわかりませんが、持ち物の整理を今年の課題としたいと思っています。

 これを読んでくださる方々も、それぞれ一年の計があることと思います。皆様のその歩みも含めてこの一年がよい年であることを願っています。

 どうぞ今年もよろしくお願いします。