愛に生きる

日常生活から少し離れて内省の時間にふと浮かんだ思いを記します。

さまざまな言葉6

 最近もいろいろと気づかせてくれたり、初めての知見を与えてくれた言葉に出会いました。そのいくつかを紹介します。

・「加持という概念が密教にはあるが、加持とは心の基本概念でもある。心は加持されて初めて発動する。つまり心とは不可視のものにアクセスする機能のことで、アクセスすることで初めて妄想を鎮静し得るのである。」(名越康文

 真言系あるいは鎌倉仏教以前の仏教についてほとんど知らない私は、加持という言葉は聞いたことがあるものの、その意味を一向に知りませんでした。加持祈祷とよく言われますね。名越氏によると、加持とは不可視のものにアクセスする機能だとのこと。目に見えるものではなく、見えないもの、つまり神仏とのつながりを取って祈ることが加持祈祷なのかもしれません。おもしろいのは、不可視のものにアクセスしたときに妄想を鎮められるという点。


・「元気でない人は、人生の計画を立てていない人がほとんどです。反対に、人生の計画を練り続ける人は、元気になります。人生・命とは、結局限られた時間。有効活用するには計画が不可欠です。誰でも3,4日の旅行計画は楽しんで立てます。同じ様に、人生という旅行の計画も、楽しんで立ててください。」(吉田直樹

 これは確かかもしれません。私は結構計画を立てるのが好きで、旅行やちょっとした買い物をするときにも計画を立てます。買い物をするときはまとめて買うことが多く、どこどこの店で何を買ってというふうに計画を立て、ある種流れ作業のように店を訪問します。旅行自体も楽しいのですが、計画を立てているときもそれに劣らず楽しいです。それは一つの元気の源なのでしょう。人生に関しても、未来のことはわからないと知っていますが、計画を立てています。計画を立てると生きる張りがでてきます。


・「私の考えでは、ファンタジーというものは現実から逃げるための手段ではなく、現実に到達するためのほとんど唯一の手段です。」(ミヒャエル・エンデ

 ファンタジーというものは、単なる空想とは異なります。優れたファンタジーの作品を読むとそれがわかります。エンデの作品『モモ』や『はてしない物語』もそうですが、ル・グウィンの『ゲド戦記』を読んだときは思わず引き込まれてしまいました。
 ファンタジーについて今はまだうまく語れないのですが、優れた映画は作り物でありながら、ドキュメンタリーよりも現実を垣間見させてくれるものがあります。最近観た小津安二郎の映画がそうでした。
 一般に現実といえば心(マインド)を刺激するもののことであり、心(マインド)の枠組み自体が現実を規定しているとされます。しかしファンタジーはその枠組みを越えて、より高次の生きた実在というものへ人を誘います。
 ファンタジーはさまざまな神格のレベルのことをいっているような気がしています。
(また先々ファンタジーについて書けるときがきたら書きたいと思います。)