愛に生きる

日常生活から少し離れて内省の時間にふと浮かんだ思いを記します。

奉仕と自己

 そこにたどり着くまでにかなり長い時間がかかるかもしれませんが、人は若いときにかあるいは年をとってからか、体と心と魂の間にバランスが取れてきます。(ここでは、魂といっても何かの実体というより存在の感覚のようなもののことで、心は思考と受け取っていただいていいです。)

 人はいつもそのようなバランスが取れていてこそ、何かに対して効果的に対処できます。健康であってこそ仕事は可能です。私は朝、短い時間ですが瞑想をしています。心を落ち着かせ、体と心と自らの存在との間のバランスを取る作業そのものですが、朝に瞑想をすることで一日がスムーズに流れるのを感じます。

 しかしながら職場あるいはさまざまな場でのさまざまな活動に携わっていく中で、ストレスなどの影響により、日々そのバランスが崩れていきます。私はそれによって苦痛を感じるのですが、一日の終わりにゆっくりと内省の時間をもつことで、そのゆがみをほぐすようにしています。そして睡眠と瞑想によって再び次の日の活動へと入っていきます。

 奉仕とは一般に困っている人を適切に助けることですが、次のような定義もあるそうです。すなわち、「いつも自分自身でいることが奉仕です」という定義です。つまり体と心と魂の間のバランスを保ち続けることそのものが奉仕だということです。

 活動の場に投げ込まれることでさまざまなゆがみが生じますが、一方そのゆがみを取り去る努力を日々繰り返しています。それは自分の生きる世界を見つめることで、周囲の人へのコミットメント(関わり)を工夫したり、自分の考え方を修正することです。

 人の苦しみを目にしたとき、その苦しみに共鳴して自分の心が苦しんだり、体に違和感を生じることがあります。自らに生じたその苦しみを取り除くために、目の前の人の苦しみを取り除く作業。これは奉仕の本来の姿といえそうです。目の前の人が苦しみから解放されなければ、自分も苦しみから解放されないのですから。

 ですので、奉仕とは霊的なことです。真の自己との対話、真の自己を顕現させる作業、真の自己でい続けることといえるでしょう。