愛に生きる

日常生活から少し離れて内省の時間にふと浮かんだ思いを記します。

神のご意志

 人生の途上でどのような道を歩めばいいか悩むことがあります。人の意見を参考にしてもいいのですが、重要な問題になれば、それでは納得できないときもあります。そのようなときに、神はどのようなことを考えていらっしゃるのだろうかとふと誰もが思います。

 私には霊能力はまったくないので、神と話をするとか、何かが見えるとかということはありません。人がそういう能力をもっていてもほとんど何の関心もありませんし、そういうことができると主張する人に相談することはまったくありません。しかし、やはり神のご意志を確認したくなることはあります。そのようなとき、神のご意志を推し量るために気をつけていることがあります。

 まず何を行うにしろ、動機も手段も目的もすべてにおいて良心的であることが前提です。そして何かを行うときに、それがうまくいっているときはそのまま行為を続けます。そしてさらに、自分が最善を尽くしていると感じているときにおいて、自分が期待している方向とまったく違った方向に物事が進んだとき、あるいは結果が与えられたとき、それは神がそちらに向かってはいけないと私を抱きかかえてくれていると受け取るようにしています。

 当たり前のことと思われるかもしれません。第一に良心に照らして最善であると思うことをすること。しばらくの間(小さなことは気にせずに)歩み続け、仕事が完了すればそれはそれでよし。もしうまくいかなくなったときは、自分の勘違いかもしれないので多少は確認をしつつも、そのときは神のご意志が働いていると理解します。いろいろ試みてもどうしても物事がうまく運ばないときにこそ自分は導きの下にあると考えることが多いです。

 もう一つ、神は万人の心(ハート)に内在しているといわれていますので、本来自分の意志はすべて神の意志です。しかしながら、私には欲望というものがありますので、本当はこうしたほうがいいとわかっていても自分の欲望に従うことがあります。そのように自分に欲望があるときは神のご意志(神の道)に外れていると理解しています。もし私がさまざまな思い込みを捨て、自分の欲望をきちんとコントロールできている状態にあるならば、私は内から湧いてくる意志・衝動は神のご意志だと受け取っています。そしてそういうときは、この体が神のご意志を実現するための道具であるようにと心がけます。

 以上、私が普段の生活の中で神のご意志をどのように理解しているかを書いてみました。