愛に生きる

日常生活から少し離れて内省の時間にふと浮かんだ思いを記します。

愛の気づき

 今年は愛について学ぶ機会を与えられました。愛に関する勉強会に参加したり、書籍を読んできました。本当は愛を実践する一年であるべきだったのですが、私にとっては愛を実践するための学びの一年でした。今年学んだことは来年以降に生かしたいと思っています。

 「皆が毎日3人の人を愛の思いで包んでいると、世界はあっという間に変わってくる」。家族でもいいでしょうし、通勤・通学途上で隣にいる人でもいいでしょうし、職場や学校ですぐそばにいる人でもいいでしょう。またスーパーで買い物をしているときにレジで待っているときなど、目の前にいる人などを愛の思いで包んであげること。これが大切なのだと思います。私は以前からこの言葉を知っていましたが、これまでほとんど実践してきていませんでした。これまでは愛をこめて言葉かけをするようにしていましたが、それだけでは何か足りないように最近感じてきたので、意識的に他の人に愛の気持ちを持つようにしたいと思いました。世界が変わるかどうかはわかりませんが、長い間継続していたら、少なくとも私の周囲は今よりもっと変わるかもしれません。

 「愛は与え(give)許す(forgive)ことで生き、エゴは受け取り(get)忘れる(forget)で生きる」。たとえば親が子どもに愛情を注いだとき、自分が思っていたのと違った振る舞いをすると、親は多少気分を害すかもしれません。愛を注ぐことはいいのですが、子どもが自分の期待に沿わなくても、それを許すこと、そのことが大切なのだと改めて気づきました。親の子どもに対する愛だけでなく、他の人間関係についてもいえると思います。無償の愛ということにかかわると思います。

 「拡大は愛であり、収縮は死である」。生活がマンネリになったり、あるいは疲れたりさまざまな理由で惰性に流されるようになると、今の生活や活動範囲を閉ざしてしまいがちになります。仕方がないこともあるのですが、気持ちに余裕のあるときは視野を外に広げて、活動範囲、関わる人を広げたいと思っています。といっても、遊び友達を増やすなどということではなく、地域の人に少しでもあいさつや声かけをするように心がけたり、些細なことでも奉仕をする機会が与えられたら、積極的に参加したいと思うのです。自分の世界を広げて生きたいのです。

 以上の三つが今年学んだことでした。これを実践することは、来年以降(というより、今から)の課題となります。愛を習うということは、自分を習うということです。実践することはあまりできませんでしたが、新たな学びを得ることのできたよき年であったように思います。